恋バナ

Twitterを始めるよりも前、mixiを利用していたころは、このブログにたまに書くような長い文章を、よく日記として書いていた。

当時は一桁台のマイミクたちに向けて、「お前たちは新着日記のリンクカラーの青を見たら、俺に興味がないくせに、その青をクリックせずにいられないインターネットに条件反射を叩きこまれたパブロフの犬どもだ」と悪態をつき、そのままコメントがまったくつかなかったり、溜まる鬱憤をくすぶらせていた時期だった。

そんな中、どこからともなく俺を見つけ、俺の薄っぺらいユーモアを「私しか知らない」というどうでもいい事実でかさ増しして評価してくれる女性がときおり現れた。
そういう女性が一人ついていると、別の女性は現れない。
そういう女性が俺に飽きて去っていくと、別の同じような女性が現れる。
質の低いストリートミュージシャンと同じクソダサい力学・磁場が当時発生していたが、セックスに発展したことは一度もなかったので本当にダサいだけの状況だった。

話が変わり、かつて森ガールというものが世間に登場したとき、それを揶揄するコミュニティも同時にmixiに立ち上がった。

当時のmixiは、文化資本を大して持ち合わせていない代わりに、自らをふわふわした人格(文体)に演出することで、何ら価値ある情報を発信しなくても「おしゃれ」という卓越性が確保できるよう励むゴミのような女性がブワブワと湧いていた。

いまもそういう手合いはいるが、当時はいま以上にとにかく無批判に跋扈していた気がする。
インターネットのどこに目を向けても、文化を自らのアクセサリーにしか扱わない女性が溢れていたことに辟易していたし、そういう女性が真剣に苦手なので、比喩でなく軽く鬱っぽくすらなっていた。

そのため、mixiに登場した森ガールを揶揄するコミュニティは、自分が長らく臓腑に溜め込んでいた不満を排出する先として、まっさらに白く輝く雪原のように映った。
とにかく村上龍に負けないぐらいの文字量で、森ガールと呼ばれる人種を揶揄し倒した。
いまでこそ「サブカル」や「〜女子」という括りを揶揄すること自体、陳腐化して久しいが、まだそうでなかった当時は手探りながら批判のボキャブラリーを彫琢していた気がする。

最終的に、森ガールを揶揄するコミュニティも、つまらない馴れ合いであったり参加者同士の"真のおしゃれ"をめぐるヒエラルキーが発生し始めたので、結局は森ガールと同じパイを奪い合う女性たちの虫カゴでしかないと思い、溜まった鬱憤をおおかた吐き出せたこともあり、退会した。

退会したタイミングで、俺にマイミク申請してきた女性がいた。
彼女は件のコミュニティを通じて俺に興味を持ったらしい。
俺の日記にコメントをつけたり、個別に温かいメッセージを送ってきたり、つまり当時の「どこからともなく俺を見つけ(…)評価してくれる女性」の位置に収まった。

彼女は、そもそも森ガールなど歯牙にもかけない、その枠組みの頂点クラスに位置するハイソサエティーの女性だった。
家庭環境が犬神家級に禍々しく、こちらからはあまり詳しく聞けない事情により、祖父母の億単位の遺産を孫娘であるその人が使い放題らしい。

彼女の好きなブランドはランバンやクロエ。
仕事の都合上、定期的にヨーロッパを訪れているので、そのほか欧米のモードに直に接していないと知り得ないような新進のファッションブランドにも精通している。
彼女は幼いころから英才教育を叩きこまれてきたので、英語とフランス語はビジネルレベルに話すことができたし、大学で言語学を修めた一環として、独伊露もある程度使えると言う。
こと語学に関しては、軽い天才だった。
ある時期から(インターネットに電話番号を晒している)俺に電話をかけてくるようになった彼女は、ときどきふざけて外国語で喋り出し、まったく理解できない高卒の男が沈黙する様を楽しんでいた。

彼女は関西に住んでいて、月に一度東京に来ると、青山や表参道で何十万あるいは百何万の買い物をしていく。

ある日、彼女が住所を教えてくれたのでストリートビューで外観を確かめてみたら、要塞感の溢れるメタリックなマンションで、オートロックを3回以上打ち間違えたら自動的にレーザーで射殺されるであろう雰囲気だった。

彼女が洋服だけでなく、音楽、文学、グルメ、インテリア、雑貨すべてに至り、欧米のハイエンドな流行を"定価で"享受していることは、日々のmixi日記を通じて実感させられた。

その日記に、いわゆる森ガールレベルの女性たちが「わあ、すごいです」と大量のコメントを寄せてくる。
彼女はそういう「コンビニの雑誌棚で学べるレベルのおしゃれ」に少ない持ち金を費やす女性たちを指して、「どうせちゃんとした社交の場に属していない時点で何者にもなれないのに」と哀れんでいた。
そんな身も蓋もない思いが積もっていたこともあり、森ガールを揶揄するコミュニティをROMしていたらしい。

彼女の性格は、率直に言って悪かった。

ある日聞いた話では、

・新作のトレンチコートを買うため、バーバリーに立ち寄った際、たまたま面識のない新人店員しかいなく、挨拶がされなかった。
・結果、あえてバーバリーを離れ、近くにあるアクアスキュータムでトレンチコートを買った。
・帰り際、バーバリーの前を通ると馴染みのベテラン店員がこちらに気づき、挨拶してきた。新人店員が挨拶しなかったことと、そのため今年の秋冬はアクアスキュータムのお世話になる旨を伝え、その場を立ち去った。
・すると後ほどバーバリーの該当店舗のエリアマネージャーから電話がかかってきて、店長ともども菓子折りを持ってお詫びに伺いたいと申し出てきた。

といったところで、彼女は下卑た笑い声をあげていた。
(持参された和菓子は好みに合わなかったらしい)

単にバーバリーの店員が挨拶を一度欠いただけであり、それほど深刻な無礼をはたらいたわけではない。
しかし年間100万単位の金を落とす顧客が離れることを宣言してきたとき、たとえ理不尽な理屈でも、小売店は迷わず「お詫び」をするという話だった。

彼女はある時期を境に、mixi上のメッセージのやりとりだけで飽きたらなくなり、先述のとおり、俺に電話をかけてくるようになった。

それを4,5回繰り返したら、よく分からないが、恋心を告白された。
俺との会話はとても面白いらしい。
いつも日中は「夜になったらdemioさんと電話ができる」ことを考え、胸が高鳴っているという。
かつ俺の声がよいことを、たびたび褒められた。
自分で言うのも何だが、そこそこ通る声をしている。
むかしTwitterの日下部さんに初めて会ったとき、2時間ぐらい会話したところで、声に対し「聞いててだんだん気持ちよくなってくる」と言われた。

話を戻す。

あいにく彼女はメンタルヘルスを損なっている人だった。
詳しい病名は聞けなかったが、いっときは病状の重さと投薬の量により、一生蔵に閉じ込められる級の廃人になりかけたらしい。
だから、どれだけ無茶苦茶な言動や金遣いをしても、近親からすると「よくここまで立ち直ってくれた」の枠内に収まり続け、「生きてるだけで丸儲け」状態なのだという。

こう言ってはなんだけど、彼女から熱い感情を寄せられていることも、山の天気というか、鬼束ちひろの言動と同程度に受け止めなくてはいけないと思った。

彼女は10年来の不眠に悩まされていて、睡眠薬は医師に指示されている量の数倍を連日アルコールとともに流し込む。
こうしないと眠れないという。
しかしそのような眠り方は、まるで毎晩自殺を再現するようで、どす黒い淵に落ちていくような絶望感に包まれながら意識が薄らいでいくらしい。

だから連日連夜、俺に電話をかけてくる。
睡眠薬を飲んでから意識が落ちるまでの間、俺と会話して、幸せな気持ちのまま眠れるようにしたいという。
(俺は彼女の寝息を確認してから通話を切断する)

本来、睡眠が恐怖対象である彼女にとって、そうした就寝の仕方は天国の心地らしい。
翌朝には早起きした彼女から、愛の言葉に埋め尽くされたお礼のメッセージ(mixi上のやつ)が届いていた。

俺は端的につらかった。
 理由:
 ・読書や映画に割くべき時間、あるいは睡眠時間が削られる
 ・深夜、寝てる最中でもバンバン電話がかかってくる

ある日、電話をしていたら、彼女がおもしろいものを聞かせてあげると言ってきた。

彼女の後輩が、何かの催しに自分を誘わなかったというか、要は"私を立てなかった"系の無礼をはたらいたらしい。
彼女は、その後輩が社交の場に参入するための一切のコネクションをつかさどり、かつ新車級の値段のパーティドレスもたびたび無償で貸している。
そのため、後輩の側から見れば、どれだけ先輩から理不尽なことを言われても、機嫌を損ねてはならないというコードに縛られているらしい。

というわけで、彼女はこれからその後輩に詰め寄ると言い、俺との通話をつなげたまま、別の電話機で後輩と通話しはじめた。
後輩側の音声は聞こえないが、彼女は完全にナニワのドチンピラの口調に切り替わり、「私の顔に泥」や「なめとんのか」といったワードを連発し始めた。

最終的に、
「いいよ、これで絶交で」
「ただし今後まともに生きていけると思うなよ」
「私の性格知ってんだろ」
「一生お前の人生を邪魔してやるよ」
と畳み掛けたところで、後輩は平にお詫びを入れ、どうかこれからも仲良くしてほしいと頼み込んできたらしい。

政治家であれ大物芸能人であれ、どれだけ優雅なハイソサエティに属していても、最終審級となる社交の原理は「暴力」であることを、彼女を通じて思い起こさせられた。

彼女は後輩との電話を終えてから、俺に「どうですか、少しは楽しんでもらえましたかね?」と尋ねてきた。
俺は勇気なく、「はい」と答えた。

しかし内心

つっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ

まんねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ

と思っていた。

つまり彼女にはユーモアが欠けている。
だから誰か無作為に傷つける行動を取れば、そのパフォーマンス性がユーモアの代わりになると思っている。
いまでこそTwitterでさんざん揶揄されている「毒舌キャラ」という存在を、より実害レベルの毒に置き換えたバージョンでしかなかった。

若かりし当時、そう言う勇気がなかった。
(自分の住所をインターネットに晒していたので、刺されるかもしれなかったし)

彼女は俺に交際を申し出てきた。
私と付き合うなら、生活の面倒を見る。
仕事の都合上、ときどきパリやロンドンを往来するのにも同行させるという。

しかしインターネットを通じて知り合い、ただ電話をしているだけの間柄であり、直接会ったこともない。
精神を病んでいる人の不定形な感情を真に受けてはいけないと思い、断った。

彼女は食い下がる。
交際しないにしても、自分が東京に出るたび、一日デートをしてほしいという。
日給2万で。
(笑った)

どこかホテルを取るので、いつものような電話でなく、直接私のかたわらに添い、眠りを見届ける役目をやってほしいと頼まれた。
私は性欲に乏しいので、できればセックスをしたくないが、demioさんが勃起するというのなら耐えよう、挿入されよう、と譲歩を示してくれた。
断った。

この時期になると、結局色恋としてどうこうなるわけではないという結論が見えていた。
むかしからそうだが、自分にとって女性は性欲の対象でしかないので、人格的なレベルのコミュニケーションに終始する(せざるえない)ことが分かると、一気にその女性が疎ましくなる。
読書や映画に割くべき限りある時間を奪う搾取者に見えてくる。

そんな時期に突入したある日、彼女から「これから電話しよう」というメッセージが携帯電話に送られてきた。
彼女はつい先ほど親族と揉め、精神衛生が著しく損なわれたので、緊急で俺の声が聞きたいという。
そのとき俺は、出先でハンバーガーを食べていた。
かつ携帯電話の充電が残りわずかなため、一度家に帰る必要がある。
ハンバーガーを食べ終わる時間」と「帰宅に要する時間」を合計し、1時間半ほど後でないと電話には応じられないと返答した。

彼女は、帰宅に要する時間は認めてくれたが、ハンバーガーに納得できない様子だった。
つまり、食いかけのハンバーガーを捨てて、すぐに帰宅すればよい。
私だったら友だちが精神的危機を迎えているとき、食事など中断して一刻も早く電話に応じる。
正直どうかと思うわ――といった文面だった。

そのメッセージを一読したとき、自分がいまどういう状況なのか理解できた気がする。

つまり結局、俺は彼女の精神衛生を保つための「メンタルコンビニ」であり、24時間体制で彼女からの要求に応えなければいけない。
彼女との電話よりも食事を優先することは、「不遜」と見なされる。
といった具合に、彼女は自らと俺の間に、決して対等ではない権力の差があることを言葉の端々に含意させていた。

それは極めて不本意だった。

といった考えをメッセージにしたため、「よって」の三段論法で絶縁を申し出た。
すぐに電話がかかってきたので、それに応じず携帯電話の電源を落とした。
1時間半後、家に帰りつき次第、着信拒否の設定をPCサイト上で施した。
これでもう電話は弾き返せるので、携帯電話の電源を入れた。
彼女からの着信履歴が、保存できる上限件数、入っていた。

俺が携帯電話の電源を切っている間、電話がつながらないことを悟ったであろう彼女は、メッセージ機能に戻り、お詫びと反省の言葉をつづっていた。
ああいうことを言ったのは出来心であり、私の本心ではない。
このままdemioさんとの交流がついえて、あなたの声が二度と聞けないなんて到底受け入れられない。
(やっぱり声が評価される)

といった文面から胸が引き裂かれる思いはよく伝わったが、続いて「あれ、着拒した?」「うそでしょ」「あー」「これはつらいわ」というメッセージが積み重なっていく様は正直少し面白かった。

返事はしなかった。
「ganko_na_yogore」というIDは、自らの頑なな性格に由来する。
頭の中で今後の展開を何パターンも樹形図状に思い描き、どの道筋からも「この人との交流に光なし」という結論に至った場合、速やかに縁を切る。
(だから友だちが少ない)

こちらも曖昧な気分で判断したことではない。
相手に最大限の敬意をはらい、「熟慮」を経ている。
そのうえで決断したことなので、何を言われようが絶対に覆さない。
もし覆るとしたら、その程度の浅い考えで相手に絶縁を申し出たという、もっともタチの悪いパターンだったことになる。

その後、mixiで彼女から自殺未遂したという旨のメッセージが届いた。

むろん自分に責任があるとは考えなかった。
自殺未遂のトリガーが俺であっても、本質的には心の病のせいである。
すなわち恋愛や社交によってでなく、精神医療が対応すべき問題である。
精神医学を学び修めたわけでなければ、彼女の親族でもない俺が責任をまっとうできる問題ではない。
だから交流を再開するようなことはしない。

というのが順当な帰結であり、そのとおり実践したが、感情はそうすんなりと事態を咀嚼できず、当時の自分はそれなりに“あてられてしまった”。
彼女へのノーレスポンスを貫きながら、しばらく心の沈む時期が続いた。

暗い気持ちに襲われながら、彼女と接した期間のことを振り返り、できるだけ客観的な視点で総括しようと考えた。

こういう文章を書くこともそうだが、嫌な思い出を淡々とした言葉に起こし、(信長の野望スーパーロボット大戦のような)単なる諸力のぶつかり合いとして記述していくことで、精神衛生の回復を早めることができる。

彼女の姓は「有富(ありとみ)」だった。
彼女は底なしの財産を持っている。
すなわち、名前が当人の様相をそのまま表している。
また、彼女の一挙一動は、戯画的と言ってよいほどクレイジーで破天荒だった。

数ヶ月にわたってシリアスな局面に晒されてきたのに、自らが導き出した総括の結果は意外なものだった。

こち亀のキャラみたいな人だった」