『チェンソーマン』レゼ編 感想

 

 

 むかし読んだ新書で――たしか『シナリオ人生』か『老人読書日記』のどちらかで、新藤兼人が映画における「食事」の特異性を語っていた。映画は芝居である。俳優や脚本家がグルで取り組む「嘘」の塊である。ましてやその様さえカメラで撮影され編集されているのだからいよいよ映画には「本当」が入り込む余地がないと、そう思われている。俳優が劇中で愛や悲しみを述べようが実際そう思っているわけではない。しかし俳優が映画の中で何かを食べているときは、実際に食べている。喉をくぐった食べ物は、俳優が芝居のつもりで食べていても、胃は虚実の区別を持たず本番の食事と同じように消化し、滋養に変換してしまう。俳優は「嘘」のプロなのだから本来それに徹したいのに、食事をする芝居のときだけは「本当の食事」を不本意ながら成し遂げてしまう。俳優の意識とは無関係に。

 逆に、俳優が俳優の領分をわきまえず"心情"において「本当」に漸近する芝居をしようと努めても、それは無造作に行う食事のリアリティに到底及ばないだろう。だから映画監督は、リアリティを映像に与えたいなら、俳優の巧拙に頼らず食事のシーンを挟めばよい、そのように映画を設計すればよい、と新藤兼人は説く。

 このくだりは「フィクションはフィクションである」という同語反復に対する数少ない有効な反論として、いまも俺の理知的なボキャブラリーに深く刻まれている。

 

 

 

 『チェンソーマン』レゼ編は、これと同型の問題を扱っている。

 ソ連のスパイであるレゼは、「嘘」の訓練を受けている。彼女の抵抗しがたい魅惑的な媚態は、デンジの心臓(チェンソーの悪魔)を奪うための「嘘」に過ぎない。だからレゼは、デンジの殺害を諦めて最後去っていくときに、「もしかして…私がまだキミを本気で好きだと思っているの?」と突き放す。しかし、すかさず反論される。

 

 二人で忍び込んだ夜の学校のプールで「泳ぎ方教えてくれた」ことは、デンジにおいて事実「学ぶ」ことが成立しているために、レゼが「嘘」のつもりでも当人の思惑を超えて「本当」を成している。この世界は(あるいは人間の意識は)言語で構成されている。だから(人間の意識を通じて解釈され・構成されている)世界は本質的には存在しない、と言えるかもしれないが、その「嘘」の営みが意識間に何らかの交換、供与、充足(すなわち広義としての"食事")を成立させてしまったとき、言語の非実在性とは無関係に、その”出来事”は形式的にリアルである(たとえば、ドゥルーズが説く「出来事の形而上学」は、この消去法的に残るリアルさを資源にした諸理論の束である)。

 レゼはデンジに泳ぎ方を、そして「私たちの戦い方」を教える。デンジは泳げるようになり、自らのチェンソーの応用的な戦い方を学得する。レゼは、プールの中でデンジと肌を重ねてじゃれ合い「教える」。その後レゼは、台風(の悪魔の腸が飛び交う)中でデンジと「殺し合う」。レゼはその二つを、本質的には変わらない一つの営みであると同定するように、反復・再演する。

 

 

 

 レゼとは誰だろう、何だろう。と思うに、丹念に読み返すなら当然、レゼは「教える」主体である。

 デンジが一週間連続レゼの勤めるカフェに顔を覗かせたある日、レゼはテーブルに教科書やノートを広げて勉強している。デンジにテストを出す。「金玉」の読み方を問う。談笑のうちに、レゼはこの遊戯を学び舎である夜の学校へ移して行うようデンジを誘う。レゼはデンジに、夜の学校で「1+1=」や「big assとは」といった問題を出しながら、それを噺の枕にやがて本題を、デンジの置かれた状況に疑義を投げかける。未就学のまま働かされ、学校教育を受けていないことは「ダメっていうか、おかしい」と。

 投げかけられた疑義に「頭が熱くなった」と言うデンジをプールに誘い、レゼは泳ぎ方を教える。水面の反射光のうちに、「教えてあげる。デンジ君の知らないこと、できないこと、私が全部教えてあげる」と、自らは「教える」者であるという対人要件を宣言する。

(このときプールで水しぶきと肌が触れ合う交歓の一幕の堪えがたい美しさが、レゼ編総体を成立させる一種の「賭け金」にすら思える。)

 

 カフェでなぜかノートを広げていたあのときからレゼは一貫し、デンジに対し、誘惑を図るその手法に「教える」ことを採用していた。それは、デンジの心臓(チェンソーの悪魔)を奪うため、公安から引き剥がすために、彼が強いられている「働く」ことの対比物として、「学校」の空間へ誘い出すための方便だったろう。

 だが、レゼがデンジに「教える」ことのうち、ついぞ不可解なのは、のちにデンジと戦闘を開始するとき、「私たちの戦い方を教えてあげる」と言ったことである。

 もうデンジを公安から連れ去ることは叶わず、殺して心臓を奪うことに方針転換した以上、「教える」ことは無駄である。むしろ、レゼ(およびその背後の銃の悪魔)のミッション遂行において、遅延の材料ですらある。つまり、レゼはいつのまに「教える」ことそれ自体を、手段でなく目的へと転倒している。

 デンジは「教」「えて」「もらおーか!!」という言葉で闘争に応じる。だから、これは闘争のようで、その実、二人にとっては、かつてプールで泳ぎ方を「教える―学ぶ」が行われたことの魅惑的な延長、別様態である。

 

 レゼをかわいい誘惑者、あるいは男女の「恋愛」の比喩物として捉えることは、誤りと言わないまでも、おそらく未だ表層的な理解に留まる。レゼの存立要件の、より基層には「教える」ことがある。

 藤本タツキは、かねてからのインタビューや対談の公開テキストの中で、女性は男よりも優位に立った存在であってほしいと、自らの理想のヒロイン像をたびたび語っている。レゼもその一環として、デンジに「教える」対人要件を託されている。

 

 

 

 いったん『チェンソーマン』から遊離し、「教える」概念と向き合わないといけないと思う。

 一定、哲学の知識を備える人間が『チェンソーマン』のレゼ編に触れ、以上のような「教える」ことの問題に直面したなら、俺をはじめ誰しもが半ば強制的に想起させられるのは、柄谷行人『探求Ⅰ』に違いないだろう。藤本タツキ柄谷行人を読んでいるとは思わないが(だから”作者はきっと○○に影響を受けている”といったクソつまらないことは言わないが)、いま手元にある『探求Ⅰ』を開くと、80年代日本の思想界にある種の震撼をもたらしたこの哲学書が、その文脈を離れて、『チェンソーマン』レゼ編の副読本のように読めてしまう。

 

 本書で柄谷行人は述べる。ウィトゲンシュタインは著書『哲学探求』の中で、言語というものを「教える―学ぶ」のモデルから捉え直そうとした。このときの「教える」とは、英語のteachである。teachは、教わる側がいまだ知らない「規則」を学得することを前提とした言葉として使われる。典型的には、外国人における言語教育の過程を指すだろう。いっぽう、たとえば「駅へ行く道を”教えて”ください」と乞うときのような、受け手が答えを聞けばただちに理解される端的な”情報提供”としての「教える」は、teachではなくtellが使われる。

 

 柄谷はteachを特にわかりやすく示す例として、「泳ぎ方」の学習過程を説明する(レゼ編に刺激を受けて本書を開き直したとき、モチーフの一致に驚かされた)。泳げない人を、教育者が泳げるようにするとき、泳ぐよう”言う”ことと、泳ぐよう”教える"ことは、まるで意味が違う。

 

 どんなに泳ぎ方(規則)をいっても(説明しても)、相手は泳げるようにはならないが、泳げるようになればそのような説明など要らないというようなことだ。教えているわれわれ自身が、泳げるからには泳ぎ方を知っているはずなのに、いかにして泳げるのかを相手に語ることができないのである。

柄谷行人『探求Ⅰ』第八章「教えることと語ること」

 

 私たち日本人が外国人に対し、「私”が”行く」と「私”は”行く」の違いや適切な使い分けを教えることが困難であるように(あるいは逆に、それを文法的・論理的に教えられる外国籍の日本語教師が、ネイティブよりも日本語が不得意であることが、事態としてありうるように)、「できる」ことと「知っている」ことは異なる位相にある。

 そしてteachとしての「教える」とは、どこまでも「できる」をもたらす営みのほうを指す。それは往々にして、論理的な説明(言う)よりも、やってみせる(示す)ことで成就される。このようなことを、ウィトゲンシュタインは『論考』において、「語りうること」と「語りえず示されるほかないこと」と区別した。たとえば、同じようなことを考えた柳田国男は、日本語の「学ぶ」とは「まねぶ」(真似ぶ)であり、「習う」は「倣う」であると言った。

 

 「語りえず示されるほかないこと」は、規則であり、メタ言語である。つまりメタ言語は言語そのものではないから、それを言語で表現することは困難を伴う。

 泳げない人間を泳げるようにするときの「教える」過程においては、論理的な伝達よりも、学習者に対して言外的に、真似や反復をさせること、その行為を「ともに行う・行わせる」ことのほうが重要になる。

 

 

 

 レゼがデンジに、プールでじゃれ合いながら「泳ぎ方」を教えたこと。台風の中で殺し合いながら「私たちの戦い方」を教えたことは、まさに、teachとしての「教える」を優れて体現していると言えるだろう。

 

 レゼの媚態の一つひとつは、耐えがたくかわいい。だから、デンジは誘惑のほぼすべてに負けている。レゼは優れた誘惑者である。

 

 柄谷行人『探求Ⅰ』は、キルケゴール『誘惑者の日記』を引用し、誘惑者とは、単に誘惑をするだけでなく、その前に恋愛の「規則」を教える必要があることを説明している。

 

 やがて彼女が、愛するとはいかなることか、いいかえれば僕を愛するとはいかなることか、を学び知るところまで、僕は事をもっていったあかつきには、婚約は不完全な形式として壊れ、彼女は僕のものとなるのだ。だが、他の人々は、そこまで進展したときに婚約し、そして退屈な結婚に永遠の善良な期待をかけるものだ。

セーレン・キルケゴール『誘惑者の日記』

 

 ややまわりくどい書き方だが(あとキルケゴールが結婚制度への軽蔑心を述べている部分もさておき)、キルケゴールはこう言っている。誘惑者からの教育過程により、私が「愛するとはいかなることか(中略)を学び知る」ことが実現した「あかつき」には、私は誘惑者の「ものとなる」。つまり誘惑は、誘惑が成立するために、まず恋愛(愛するとは)の「規則」を相手に「教える」teachの前段過程を必須とする。

 

 レゼの誘惑は、デンジの心臓を奪うための手段だった。しかし、そのために前もって必要となる「教える―学ぶ」関係の愉悦にこそレゼは拘泥した。

 

 柄谷行人はこのようにも言う。

 

 「教える―学ぶ」という関係を、権力関係と混同してはならない。(…)われわれは赤ん坊に対して支配者であるよりも、その奴隷である。つまり、「教える」立場は、ふつうそう考えられているのとは逆に、けっして優位にあるのではない。むしろ、それは逆に「学ぶ」側の合意を必要とし、その恣意に従属せざるをえない弱い立場だというべきである。

柄谷行人『探求Ⅰ』 第一章「他者とはなにか」

 「教える」者は、一見して優位性を持つが、逆説的に、対象への従属性もアンビヴァレンツに備える。レゼもまた、その双極の遠心力に晒されている。あるゲームの規則を「教える」とき、相手には「聞く」hearだけで臨まれてはならない。そのゲームを、まずは”ともに行う”ことの合意を取り付けなければいけない。これが成立しなければ、「教える」側の思惑も、「誘惑」の成立も、いかようにも脆く崩れ去る。

 

 「教える」者の逆説的な弱さ。それはレゼの理解において、一等重要に思う。

 

 

 

 上で、レゼがこれから殺そうとするデンジに「私たちの戦い方を教えてあげる」と言ったことの不可解さを書いた。レゼの不可解な行動は、もう一つある。それは、デンジを「初めて会ったときに殺さなかった」ことである。

 戦闘の終盤、往生際が悪いと咎められたデンジは、「初めて会った時にさっさと殺しとくんだったな」と言う。そのとき、レゼは一コマの沈黙を挟む。レゼは回答を控え、「もう逃げ道はないよ」と戦闘再開に切り直す。つまりレゼは「なぜ初めて会った時に殺さなかったのか」の回答ができなかった。これはレゼ本人にとっても不可解なことだった。レゼ自身、最期マキマに殺されて息絶えるとき、同じく「なんで…初めて出会った時に殺さなかったんだろう」という心のつぶやきを発する。

 このとき連なる言葉は、「デンジ君、ホントはね。私も学校にいった事なかったの」である。これも一見不可解である。レゼが学校に行ったことがないのは、デンジを最初に殺せなかった理由にはならない。まるで違う文脈の言葉が二つ連なったように見える。しかし、それは”一見”のことに過ぎない。実際は、それこそが最初に殺せなかった理由なのだと考える必要がある。

 レゼはソ連政府に子どものころから監禁され秘密裏に訓練されたスパイであり、「学校」に通ったこと、すなわち教育過程を知らない。同じ未就学の生い立ちを持つデンジに、「嘘」の前提下で、いくつかの学知、恋愛の規則、泳ぎ方を教える中で、「教える―学ぶ」関係の回復的な愉悦を感取した。レゼは無意識的に、デンジをさっさと殺すべきだという当然の課題を保留し、「教える―学ぶ」関係を延長し続けた。その末端的・究極的な延長が、殺す機会のさなかに「私たちの戦い方」を教え始めることだった。

 「教える―学ぶ」関係に愉悦を憶えることは、「嘘」の行動原理に則るレゼにおいて、なおも逆説的に「リアル」な事実だった。これは同時に、学校に通ったことがない自分が「教える」ことへの後ろめたさを随伴させていた。その捻じれが、「なんで…初めて出会った時に殺さなかったんだろう」への自問自答に、「デンジ君、ホントはね。私も学校にいった事なかったの」という回答をもたらした。その生い立ちのために「教える―学ぶ」関係をなかなか断ち切ることができず、デンジ殺害は、最適な機を逸した。

 レゼが学校に通ったことがなかろうが、デンジはあらかじめ海岸で、「泳ぎ方を教えてくれた」ことの成立は「リアル」であると応じている。レゼとデンジは、供与と愉悦その”出来事”において、「リアル」なものを共有していた。

 最後、レゼが逃亡のために新幹線に乗るのをやめて、デンジが待つカフェに引き返したのは、「嘘」と「本当」を問うことができない特殊な論理空間があること、それをデンジとの関係のうちに触知したためであり、敷衍的に、デンジとの逃亡生活に「リアル」を見出したためだった。

 

 

 

 レゼ編は、その作劇展開を上空から見下ろしたとき、シンメトリーの構造を持つ。

 

 はじめにパワーがいなくなり、最後に帰ってくること。

 レゼとデンジが大雨の降るプールで戯れたのち、やがて台風のさなかで殺し合うこと(そして二人が肌を触れ合いながらプールと海それぞれに沈むこと)。

 レゼが喫茶店に出勤する道のりと、逃亡のためデンジが待つ喫茶店へ会いに行く道のり。

 そして、これらのシンメトリーの反復を阻害し、ストーリーを断絶的に終了させるものが、最後のマキマによるレゼ殺害である(これは同時に「デンジからレゼへ花を贈る」ことのシンメトリー阻止でもある)。

 

 もう一つのシンメトリーを成すもの、それはレゼとのデートの前に行われる、マキマとのデートである。

 マキマがデンジを誘った映画館を丸一日ハシゴするデートは、映画好きの藤本タツキの趣味をそのまま適用させたような、ある種、作者・読者にとってよく見慣れた既知の営みのナルシスティックな代理再現である。自己反復的な情報摂取をしているという点では、マキマとのデートは「言う―聞く(tell - hear)」関係に近い。レゼとの様々なデートが「教える―学ぶ(teach - learn)」関係であることと対照的にである。この相補性をマキマとレゼが備えるために、デンジは両方を好きになるジレンマを成立せしめた。

 

 話を丸めれば、マキマはナルシスティックであり、対して、レゼはどこまでもデンジに対してインタラクティブであった。このレゼが否応なく”開かれ”を有してしまう美しさと、随伴的に持つ弱さを描出することが、レゼ編と呼ばれるシンメトリーの物語の要件に違いないと思える。

 

 レゼとデンジが水しぶきと肌を、あるいは爆薬とチェンソーを触れ交わす交歓関係の中で、なぜか同時に、論理的記述では伝達しえない「悦ばしき知識」の供与を成すという営みを行ってしまう。それがデンジとレゼの「デート」だった。二人は周囲の市街地一帯を崩壊させながら、多くの人々の命を巻き込む闘争を繰り広げるが、それは本質的にはプールでじゃれ合う"イチャつき"の延長だった。重要なことだが、レゼは本人がそう言ったとおり、デンジに恋愛感情を持っていない。彼女の頬の赤らめは「嘘」である。

 

 レゼは誘惑者である。そのために、レゼは誘惑者である以前に「教える」者であった。その順序を遵守することが、レゼの誘惑の力能(かわいさ)を成立せしめた。

 俺を含む観客が、プールあるいは沈みゆく海で、レゼとデンジが触れ合う姿のみずみずしさに感受したものは、すべての言動上の「嘘」が、愉悦・充足としての「本当」に転換されてしまう磁場、すなわち「教える―学ぶ」関係が持つエロスの力に違いない。

ある炎上――シュナムルと社会性昆虫

■はじめに

俺はつい先月(つまり2025年6月)、Twitter(現X)で2回ほど、弱めの炎上をした。どちらも「性」の問題による炎上だった。

1回目は、6月中旬、このツイートに連なるツリーである。一行に要約すれば、俺が女性を「触りたい」と思う欲望は、女性を物象化し、客体化するものであるという(すなわちヤリモクならぬサワリモクの)謂れを受けた。

 

2回目は、6月下旬の、このツイートである(このツイートを以降Aと呼ぶ)

 

投稿した2日後、シュナを名乗るアカウントに(もともとはシュナムルという名前で古くからTwitterで通じる存在だそうだが)この引用ツイートをされた(以降これをBと呼ぶ)

 

 

いま書いているこの文章では、より最近のほうの、A,Bの後者を振り返りたい。

振り返る理由は、炎上当時さまざまに寄せられた批判や誹謗中傷により、俺の考えと他人の考えが混然として人々の中を駆け巡るのを目にしたとき、自己の輪郭を今一度なぞり、その結果を、自他に向けて確かめておきたいと思ったからだ。ドゥルーズが言うように、言葉とは、つねに本源的に、外部刺激に喚起される。

 

以降、書き連ねる文章は、骨子を手元のスマホ(Notion)に書き留めておくだけなら、炎上がおおむね収まった翌日には済ませていたし、本当ならさっさとその文章を解凍・清書し、ぬくもりが残るうちに排出したほうがよかったのだが、いま勤めている仕事が繁忙期のただなかにあり連日22時前後まで残らされる労働の傷みを快癒すること(すなわち睡眠)を週末優先してきた怠惰で、1ヶ月弱を経たこのタイミングになっている。

 

■事象概観

俺はAのツイートの中に

ペドフィリアを「実行しないよう自己を律しながら、その欲望を持つことと表明すること」は悪かどうかが議論されてるのを見かけた

と書いているが、「見かけた」ツイートとは、これら2つである。

 

これらに喚起され、高橋泉『雨降って、ジ・エンド。』がまさにそういう問題をユーモラスにえがいた映画だったなと想起し、Aをツイートした。

 

いかなる性指向も、その「内心の自由」は憲法上保障されている。だが、セクシュアルマイノリティの中でも、特に劣位に見られ、「〇〇解放運動」的な共闘の輪から外される性指向がある。その代表に、性指向の実現――特に性器結合としてのそれ――が果たされたとき、犯罪につながるペドフィリア小児性愛)が挙げられる。あるセクシュアルマイノリティに属する「私たち」は、さまざまな少数派を包摂すべきだと日々訴えているが、たとえば、ペドフィリアとも共闘できるだろうか。マイナーな性指向の集団間で、自分たちがシスヘテロからされている”透明化”を、私たち自身が特定の性指向(感性的にはおぞましいと感じるそれ)に対して行なってしまっていないか、という問いを、一種の思考的「試練」として自分らに投げかけるという自己批判の型は、90~00年代に活発化していたクィアスタディーズの圏内に伝統がある。そして、その問いを、フェミニズムが(ある種、問いそのものを”禁止”するように)批判するというのもまた連なる伝統であり、多くの人々の目についた分かりやすいところでは、伏見憲明『欲望問題』を、上野千鶴子『ニッポンのミソジニー』が批判的に取り上げたこと等が挙げられるだろう。Aで紹介した『雨降って、ジ・エンド。』自体が、まさにそういう論争の極めて高度な戯画化作品とも言える。

 

Aのツイートは、当初はおおむね肯定的に反応されていた。1,000以上のいいねのインプレッションがついていた。「そんな映画があるんだ、興味深いな」という関心が大半だろうが、「ペドフィリアとて性指向の表明までに問題があるわけがない」という近代的な自由原則の再確認に、複雑な観念的操作も要さず共感が寄せられていると感取しても、そう齟齬はないだろう。

 

ただし、このツイートは、弱めにくすぶってもいた。「ペドフィリアの表明」に何ら問題ない、と断言する部分に対してだ。

 

 

この手の批判については、以下のツイートでも振り返ったが、通知欄に見かけたらできるだけ反論しておくようにした。

 

 

だから上に挙げたツイートも、引用返信をチェックすれば、だいたい俺が「こいつ何言ってんの」という思いを、多少なり論理という普遍言語に変換して返しているのが見られる。

 

さて、Bのツイートである。ある朝、出社の支度をしながらスマホチェックをしているとき、オンタイムでこの通知が目に入った。

 

 

こののち少々間を置いて、Bの引用がついた。「本旨」はもちろんBのほうだろう。なるほど、(ニーチェが頑張って書いたツァラトゥストラのタイトルを書き間違えたのは俺の責任であり赤っ恥だが)前もって恥をかかせておき、ありうる反論の勢いを削いでおく。高台から海に飛び込むとき石を投じて水面をほぐしておく、あるいは塹壕へ進撃する前に手榴弾を投げ入れる、といったのと同じ”工夫”がされているな、と思い、眺めた。こんなにマメな”工夫”をするのはどんな人間だろうと相手のページを覗くと、「フェミニスト」という自己紹介および、3万人超のフォロワー数が否応なく目に入った。ああ、なるほど。自分に向けられたものとしては初めて見るが、これがTwitter(現X)で日々言われる「犬笛」と呼ばれるものなんだろうな、と直観した。

 

直観は当たっていた。このあと、モードチェンジのスイッチが押されたように、批判的な引用が数分おきに通知されるようになる。「批判的」と言っても、カントが打ち立てたcriticの意味合いの(いわゆる物事の吟味するような)「批判」とはまったく似ても似つかないそれである。

 

「犬笛」は、SNSにおけるインフルエンサー本人が意図する・しないにせよ、事実その機序と構造は存在することを、このほど肌身に実感した。引用やリプライで攻撃的に反応してくるアカウントの数々の、おおむね一致する特徴はこうである。まず、性加害の惨たらしさを訴え、俺を、その機序を温存しようとする擁護者と見なし、攻撃する。こちらから相手のページを覗くと、だいたい似たイシューに対し、引用ツイートで批判することを習慣化し、日々の営みとしているアカウントである。だいたいのアカウントが自身の生活やアイデンティティを露出することを禁欲的に避けているよう伺えることからも、本体とは別に設けた一種の「専垢」「別垢」らしきことが伺えた。そういう手合いのS-Sports(ソーシャルスポーツ)のアスレチック場に、俺は選定された。

 

上に書いたとおり、自らに寄せられた批判や誹謗中傷に対し、逐一反論する場合と、静観する場合とで、どのように結果が変わるかの検証には適していると思った。そのため、できるだけ引き続き反論した。ただし、俺のもとに寄せられる罵詈雑言の物量が跳ね上がったことで、「すべてに返す」ことは土台無理になった。なおも「すべてに返す」ことがフェアであると考えてそれを励行するなら、ただちに仕事を辞めてTwitterにフルタイムを捧げる人間にならなければいけない。町山智浩Twitterのやりすぎで、本業の原稿執筆で〆切を落としまくっていると言われるそのことの力学が、いまならよく分かる。だから、俺は返信相手を絞り込んだが、ここで俺が偉いのは、こういう「レスバ」と俗称されるコロシアムに放り込まれた多くの人間が行う、相手方のうちもっとも知的に質の低いツイートを拾い上げ、その破綻した言葉のあやを弄ることをもって相手方の集団単位にまとめて”言い返したことにする”という小賢しさの利活用を、自らに堅く禁じた。あくまでも起点かつ本丸で、そして(論理的な問題点は後ほど触れるが)日本語の文法をおおむね破綻なく操るシュナムル単体への返答に注力した。

 

シュナムルのBをきっかけとし、批判的引用は数分おきに寄せられる。しかしここにあるのは、複数の声であるが、単一の論理である。一つずつはそう違わない。彼ら彼女らにとって大事なのは、声voiceをあげて怒りのリビドーを発散することであって、まだ見られぬ論理を議論の先端に積み重ねるような「考究」にはさしたる興味を持っていない。だから、おおもとの論理の出どころであるシュナムルに対し、俺が反論を書いて、相手方のロジックを脱臼させると、「これ(demio)にどう言い返すか」が相手方の集団内で微妙に面倒な「誰かに拾ってほしいボール」になる。しばし批判的引用が、目に見えてグッと減る。しかし、シュナムルがさらに俺へ反論を返すと、また他のアカウントたちも続くようになる。たとえば、ある工場でマニュアルに書かれていないエラーが発生すると、ライン長が駆けつけ、臨時で解消策を導き出し、実演してみせる。すると工員たちがそれを反復し、生産ライン――すなわち批判や誹謗中傷が再び回り始める。こういう産業社会とそう変わらないサイクルを一日二日、強制的に見せられた。炎上など毎日手を変え品を変えTwitterのそこいらで見られるが、他人の炎上からは読み取れない、これは当事者だけに見える景色だなと思った。

 

ひとまず、「逐一反論する場合と、静観する場合とで、どのように結果が変わるか」の検証結果は得られた。静観するよりも、逐一反論するほうが、圧倒的に、人格の汚損を目的とするような侵襲的批判を抑えることができる(少なくとも、相手の餌になるような破綻した論理を、こちらがこぼさない限りは)。むしろ静観は、凶器を振るう手に安心感を与え、その数を増加させる。ネットスクラムを仕掛ける群衆は、一見、滅びの笛に導かれた無思考なネズミやイナゴのようで、実は案外「ここに飛び込むと怪我するかどうか」を、一匹ずつが見定めている。だから俺がそこそこ反論していたおかげか、あらかじめ「言い返し」を回避する先行ブロックをしたうえでの引用・リプライも、今回はやけに目立った。

 

だからこそ、俺が仕事に忙しく、昼休み明けから22時すぎの退社までTwitterをほとんど見られずオフラインにいたときは、Aのツイートに、長時間生ゴミを置きっぱなしにしていた三角コーナーに湧く小蝿のように、多くの引用が発生・蓄積した。放置が量を生む。俺は町山智浩にはなれない。

 

以上のように、自分への批判の数々をただのマッス(集塊)として事象的に捉え、そこで寄せられた批判の論理に向き合わないのは不誠実であり、逃げであり、かえって敗北者の無様さを曝け出しているだけだと、そういう謂れを寄せられるだろう。

分かっている。

炎上当時すでにシュナムルに答えた内容に一定の文字数があるが、そこにさまざまな補助線や整理を引きながら、(本当ならわざわざ言うのも恥ずかしい当たり前の話を多く含めながら)答えていこうと思う。

 

■反論

シュナムルのBに初めて応じたのは、このツイートだが、反論の要旨は、このとき書いた「藁人形論法」だということ、その初心に尽きる。

 

※一応「藁人形論法」の意味を書いておくと、相手の主張を過大にねじ曲げて引用し、容易に倒せる状態(藁人形化)したうえで反論を行うというものだ。対象そのものではなく、それに似せて自らが作った藁人形を攻撃する。ググってすぐ引っかかる例は下記である。

「子供を道路で遊ばせるのは危険だからやめた方が良い」という主張に対して、「子供を家に閉じ込めておけというのか、それはひどい」と反論するのは、藁人形論法の一例です。実際には「子供を家に閉じ込めておけ」とは誰も主張していないのに、あたかもそれが主張であるかのように歪めて反論しているからです。

 

俺がAで書いた、以下の前半部を、以降A+と呼ぶ。

ペドフィリアを「実行しないよう自己を律しながら、その欲望を持つことと表明すること」は悪かどうかが議論されてるのを見かけたけど(そんなの少しも悪くないと分かりきっているけど)

 

シュナムルは、A+を、Bの中で以下のとおり引用した(以降これをB+と呼ぶ)

「子どもレイプしたい」という欲望を表明した人に対して「その表明は少しも悪くない」と親指立てる社会、俺は怖いな。

 

さて、「子どもをレイプしたい」と「表明」することは悪であると書かれたが、「そりゃそうだ」に尽きる。そして俺はそんなことを書いていないため、「知らんがな」に尽きる。

※ちなみに、シュナムルはBで続けて、「言うだけなら自由!と称してマイノリティへの加害欲を垂れ流すのって一般にはヘイトスピーチって言うよな」と論難しているが、「ヘイトスピーチ」の説明としてだいぶ不適当な気がする。なぜなら小児性愛者は小児を嫌悪hateしておらず、ただ方向性が反社会的なだけで熱烈なloveを訴えているのだから…。

 

たとえば、インターネット上で、あるいは小学校の全校集会で「小児をレイプしたい」と言えば、高確率で通報され、社会的地位の喪失を最低限とし、次に威力業務妨害や脅迫罪で書類送検されるだろう。

だが、そうした状況に立ち会った人間が、第三者に状況説明をするとき、「○○さんがペドフィリアを”表明”した」と述べる人間はまずいないだろう。ふつうに「小児をレイプしたいと言い出した」と説明するだろう。つまり「表明」とは本来、事実陳述的constativeな言表だが、「レイプしたい」と言うことは、すでにそれ自体が加害の行為遂行的performativeな言表側に位置する。

このあたりを、俺はこう指摘した。

 

 

事実陳述的constative/行為遂行的performativeという対比的な用語は、哲学にある程度明るい人間ならおなじみの、J.L.オースティンの言語行為論のタームである。俺がこの概念を用いたのは、ある言表が「表明」なのか、あるいはすでに加害「行為」なのかの区別に、この概念による整理が適合すると考えたためだ。

オースティン自身が用いた例を元に説明するなら、ある船の名前を尋ねられた人間が「あれはエリザベス女王号です」と答えることは事実陳述的であり、いっぽう、船長が完成したばかりの船首に瓶を叩きつけながら「この船はエリザベス女王号と命名する」と言うことは行為遂行的である。言語はふつう、何らかの対象・状況・構造を描写的に述べるツールのように捉えられているが、しかしときに言語は、それ自体が行為を成す効力を持っている。約束、宣誓、命名、任命、発令、プロポーズ、あるいは相手に特定感情を喚起する脅し言葉などだ。

 

「小児をレイプしたい」と述べることは、ペドフィリアの「欲望を持つこと」すなわち性指向の表明を越え、上に書いたように、脅迫や威力業務妨害といった具体的な罪名を持つ「悪」に当てはまりうるだろう。

「当てはまりうる」と書いたとおり、これとて断定的な話ではない。たとえば、小学校の保護者会で言うのか、たがいの人となりを知り合った成人男性同士の友人の会話で言うのかによっても、「悪」の程度はだいぶ増減する。少なくとも、小児や異性といった性愛の対象者が排除されたことがあらかじめ確認された場であれば、その「表明」に加害・被害の関係性は成立しない。(一応、しつこく確認するが、レイプそのものではなく、その「欲望の表明」に関してである。)

 

このように、言表上の加害行為を成立させる行為遂行性performativityは、「行為の具体性」と「対象の具体性」が、その多寡を左右するパラメータになる。パラメータの例を挙げるなら、以下のようになるだろう。

 

行為の具体性)

↑事実陳述的

 私は小児が好きだ

 私は小児性愛者だ

 私は小児と恋愛したい

 私は小児とセックスしたい

 私は小児をレイプしたい

↓行為遂行的

 

対象の具体性)

↑事実陳述的

 子ども

 うちの近所を登下校する子ども

 ○○小学校の子ども

 小児個人の固有名

↓行為遂行的

 

全パラメータの行為遂行性を最強に振り切って、「○○小学校の○○ちゃんをレイプしたい」と言うなら、それはもはや「表明」ではない。ないし、それを「表明」と解釈し描写する第三者はいない。

以上を言えば、行為遂行性はグラデーションである。行為遂行性を高める諸要素があり、それが織り重なって徐々に行為遂行的な言表になる。どの一線を超えたら行為遂行的ですでに加害行為であるという基準を立てることは難しい。しかし、少なくとも、シュナムルがB+で「小児をレイプしたい」と表現することは、「表明」という語の本来持つ事実陳述性を伏せ、ダイヤル調節機を行為遂行性のほうへ全力振り切っていることは間違いない。だから、藁人形論法なのだ。

 

このように述べるなら、俺がA+の中で、

ペドフィリアを「実行しないよう自己を律しながら、その欲望を持つことと表明すること」

と書いたのは、一体どのような言表をイメージしていたのかも、一定触れておく必要があるだろう。

 

言表のモデルとなるうち、一つは、上にも挙げたこのツイートである。

 

もう一つは、Aで紹介した映画『雨降って、ジ・エンド。』の内容もまた、当然に「表明」方法のイメージ源にある。

(以降は『雨降って、ジ・エンド。』の盛大な「ネタバレ」のため、再上映、配信、ソフト化がまったく未定の本作ではあるが、いずれまっさらな気持ちで観たいと思う人は、次の一段落を読み飛ばしてほしい)

 

作中、ピエロに扮する男は、かつて小学校教師を務めていた。男は教職当時、ある不登校の女児に対し、担任教師として懸命のケアをしながら、次第に恋慕の念を持つようになる。その許されなさや、生来不安定だった精神衛生の失調から教職を辞め、そのまま社会的にドロップアウトする。男は貯金を切り崩しながら、街の公園に出没するアマチュアのピエロになる。映画の終盤、主人公女性の介入を経て、男と女児は再会させられる。そして男から女児へと愛の告白の場がセッティングされる。(という無茶苦茶な展開に至るまでの流れは、ドストエフスキーのダイアローグを思わせる複雑な操作さがあるが、それはさすがに各々実作で確かめてほしい。)

男は女児に対し、どうこうなりたい(つまり交際等の関係構築)ということはないが、ぼくは君が好きなんだ、と伝える。女児は、きょとんとした平然な様子で、あれだけ私を支えてくれた先生なんだから、私も先生のことが好きですよ、と答える。むろん、この女児は「好きな人」ではなく「好きな先生」に対して、そう応答している。男は、この「すれ違い」に安堵を覚え、「すれ違い」の関係のまま終わることを選ぶ。女児は久しぶりに会いに来てくれてありがとうございますとお礼を述べ、男はこちらこそと返して、別れる。

小児性愛者は、恋慕対象の女児を愛おしく思うからこそ、その子を愛することと壊すことが自らの性指向において不可分につながっていることへの自己批判が、当然に、作中の男の中にも備わっている。

 

以上が、「ペドフィリアを『実行しないよう自己を律しながら、その欲望を持つことと表明すること』」と書いたことの念頭にある。

もし具体的な文例を考えるなら、「実際に行動に移すわけではないが、私は小児性愛者です」と述べる程度だろう。このような事実陳述的な「表明」に関して、あらためて言うが、問題があるとはまったく思わない。

何らかの犯罪に該当する欲望を持ちながら、それを実行せず欲望のレベルにとどめておくことなど、大げさでも何でもなく、人間が一般的に備える「仕様」に過ぎないし、何なら、それは「善人」の範ちゅうにすら含まれる。

 

俺が上に書いたような「表明」の文例に対し、シュナムルは、主張を「後退」させた結果だと言い、自らのフォロワーたちに対する勝利宣言を結んでいる。

 

 

しかし、独自に暴力的かつ行為遂行的な言辞に置き換え、俺の知らないところで藁人形を燃やし始めたのはシュナムルのほうで、俺は一歩も動いていない。

シュナムル曰く、俺のA+を、「特定マイノリティへの性加害を表明する」と言い換えたのは、ペドフィリアは欲望実現がすでに犯罪であり加害であるから、欲望表明は加害表明に他ならない、というものだった。(だから自らは藁人形論法に該当せず、正当な引用をしているらしい。)

 

三段論法を経た、だいぶ主張者本人の解説をつけて初めて成立する狭義的説明だが…「小児性愛を表明する」ことと「小児をレイプしたいと言う」ことの間には、一投足ではたどり着かない距離がある。だから、俺はこう返した。

 

たとえば、この社会の性犯罪の9割以上は異性愛者によって起こされている。彼らの欲望は、少なくとも欲望のレベルでは相手との合意の有無など含まれていないから、性欲があること、性指向を表明することは犯罪の示威になる、と言うことができる。だが当然、それはそう解釈する側に強引な”力”が働いている。小児性愛者*の場合も、性指向が、法の一線を越えないよう自制する管理責任を、その者もまた一市民citizenであることから等しく課せられている。

*ここで注意するが、精神医学上の小児性愛”症”者ではない。小児性愛症者は、欲望の抑止が本人で管理することに困難が生じているケースである。小児性愛者と小児性愛症者の2つを混同することは、異性愛者の場合なら、通常の性欲を備える人とセックス依存症者と区別なく捉えるほどの飛躍がある。

 

性指向を表明することなど、それが犯罪と密接に結びつく性指向なのかどうかにかかわらず、上で確認したように事実陳述のレベルにとどまるなら、行為遂行性を持たせないよう万人に課せられる当然の配慮を持てば、それは何ら問題ないのだ。

これが「内心の自由」および、それと不可分である「表現の自由」の原理原則だが、Aのツイートを批判する者たちは、そうした自由原則を逸脱した問題点を、小児性愛に見いだしているだろう。つまり、お前は小児性愛の問題の深刻さを分かっていないのだと。

 

■可能性と差別

なるほど、ペドフィリアはたとえ個々人が自制に成功しようが、属性としては性犯罪の可能性が高い母数集団であると言うことはできるだろう。しかし、それはペドフィリアに限った話ではない。統計的に犯罪率を高く持つ社会属性は、ほかにもさまざまに存在する。

特定の人種、移民、難民。無差別テロを擁したことのある宗教。暴政の歴史を持つ政治思想。治安の悪い地域出身者。これに当てはまる人が、たとえば就学・就職・結婚等といった人権(自由)の行使場面で、加害の可能性が有意に高い属性保有を理由にし、ひいては周囲が不安や恐怖を持つことを理由に、制限を課されるとするなら、それを現代社会で何と言うか。

「差別」である。

ある社会属性の犯罪率が、その個人から実際に顕現されるかどうかは、「可能性」でしかない。「可能性」を理由にし、犯罪が行われることの司法的現認を待たずして、私人が人権の制限を課すことは、すなわち人権の侵害である。逆に、犯罪の司法的現認を踏まえたときは、拘留や服役といった形で「移動の自由」その他諸々の人権を制限する処罰が妥当性を持つ。言い換えるなら、「可能性」を理由にし、「内心の自由」「表現の自由」を先行的に制限すること(そう求めること)は、司法の手続きを経ない「先行処罰」なのだ。

 

こういった話で容易に思い出すのは、フィリップ・K・ディック原作で、スピルバーグによって映画化もされた『マイノリティ・リポート』である。近未来の米国ワシントン州では、警察署が3人のプリコグ(預言者)を擁する。プリコグに将来の殺人事件を予言させると、3人は毎回一致した予言の内容を返す。これにもとづき「未来犯罪者」の逮捕を司法運用した結果、州の殺人件数がゼロ件になる。しかし、ある日プリコグのうち一人が、予言の不一致を起こす。プリコグの二人は主人公ジョンが殺人を犯す場面を予言するが、残る一人はその未来をいくら視認しようとしてもできない。この不一致の実績から、プリコグの予言は完全なシステムでないことが判明する。「ありうる犯罪」の母数を予言として出力し、そのうち実際に犯罪が行われるかどうかは、個々人の自由意志の働きで変動する。「未来犯罪者」に対しては、過剰な逮捕が一定存在する。それでもなお、過去から得ている実績的にはほぼ9割以上の精度が認められるだろう。そうした「絶対ではないが高確率で犯罪を行う者」に対する逮捕は妥当かどうか、という映画である。これはもちろん、原作者ディックなりの、アメリカの白人中産階級が有色人種に持っている差別心と、それにもとづいたセキュリティ意識(有色人種の犯罪実績を脅威化し、同時に自分たちを受難者化し、”未来犯罪者”たる有色人種たちの居住・就業・就学・婚姻における隔離を求めること)を風刺した小説・映画に違いない。当然、「可能性」に対する先行処罰=人権制限は、許されるべきではない。『マイノリティ・リポート』も最後、大勢の「未来犯罪者」を釈放して社会に解き放ち、そうする不安や恐怖がありながら、それでもなおそうすべきなのだという教訓で締めくくる。

 

これは法や倫理の形式的な問題である。この形式を死守しなければならない。ペドフィリアは、形式に挿入される一つの変数(さまざまにある社会属性や犯罪の個別名称の一つ)に過ぎない。俺はそもそも児童性犯罪という個別イシューに対し、一家言ある人間ではない(だからこの文章を書きながら、「なんで俺がペドフィリアの話をこんな書いてるの?」とずっと思っている)。ただ人権というものを大切に思う左翼の一人である。だから、「○○は例外的に内心の自由表現の自由を制限すべきである」と訴える者たちがいるとき、ほぼむき出しに透けて見える恣意性および、「例外」を自分たちが設定できるのだという全能感に警戒しているに過ぎない。

こう書くと、「児童性加害の問題を分かっていない」「ペドフィリアはその他の性指向とは別物なのだ」と抗弁する向きがあるだろう。しかし、加害・被害その量によって変わる話をしていない。「法や倫理の形式的な問題」だからだ。

自分のこういった考えは、それほどに特殊な視座だとは思わない。Aのツイートには、元々1,500ほどのいいねのインプレッションがついていた。特定の性指向において「表明」は許容されないという考えに対し、疑義を持つ人間はふつうにいる。いまTwitterのいいねに公開性はないため、名前を挙げることは控えるが、性暴力とはほど遠いところにいる倫理的・知的に信用する友人知人、あるいは大学教授や文筆家、ミュージシャンもいた。もし、これらの人たちがもろとも性犯罪の擁護者・推進者と言われようが、その実態がないことは先んじて分かっている。

 

■悪魔化demonization

俺は性指向上、特に小児性愛者ではない(これは政治的な”エンガチョ”ではなく、当事者性を持たないことの自覚的表明である)。

Aのツイートも、ペドフィリアを外在的に捉えた文章で書いているが(ないし自分自身がペドフィリアであるとは一文字も書いていないが)、俺を引用で批判する者の多くは、俺を小児性加害の擁護者であると訴えてきた。中には、俺自身に「ペド野郎」と言う者もいた。つまり、まず憎むべき中枢――この場合はペドフィリアがいて、「私たち側につかない」者はすべて悪の中枢と同化させられる。そして、ペドフィリアによる性加害の凄惨な歴史があり、その賛同者たる一員に認定される。これを最近の用語では「悪魔化demonization」と言うだろう。藁人形論法とほぼ兄弟関係にあるような詭弁的攻撃手法であり、知ってはいたが、自分自身が事象観測の場になると、新鮮な知見が多かった。

こうした性加害の問題を訴える者たちは、切迫性urgencyを資源にし、主義主張を行う。もっとも切迫した受難者を”私たち”は擁している(あるいは匿っている)。この解決のためには、一刻も早く原因たるエネミーを、超法的に公共空間から排除しなくてはならない。こうした「緊急事態」の観念は、時間をかけて議論し、異なる視点を突き合わせる政治的熟議deliberationを抑制し、必要性necessityの旗印のもとに、迅速さを重んじた一元的な意思決定を優先させる。だから(以上のボキャブラリーの元である)ハンナ・アーレントは、たとえばナチズムやスターリニズムがそうであったように、私たちは外敵に脅かされているのだという切迫性を掲げた政治動員は、公共性に対する脅威であることを、著書『全体主義の起源』の中で指摘した。対象の「悪魔化」と、自陣営の「受難者化」。このワンセットで切迫性を備給したことをもって、自分たちが対象に向けて何を言っても例外的・超法的にこれは人権侵害にはあたらないというコードセットを完了させる。

そうした概念操作の結果の”アスレチック場”を見たければ、Aのツイートの引用欄を覗けばよい。

俺は、たまに遊びにくる進学前の幼い姪たちが一緒にお風呂に入りたがるのを、親御あるいは将来の彼女ら自身がどう思うか分からないことを理由に拒否する程度に、小児性愛には、一般常識的な慎重さを持って接している。そんな中で小児性加害の推進者であることの批難が数分おきに通知されてくるのは、この人たちがイメージする憎悪の対象をインターネット上でふと見かけた俺に投影してきているだけで、シャドーボクシング(いわばただの筋トレ)をいちいち通知機能で見せられている気分になった。いずれも俺の自尊心を傷つけ、人格を汚損することを趣旨とした批判のため、一つずつに「どうだ、痛いか?」と問われるようだったが、味噌汁をすすりながら落ち着いて読むことができた。

この勢力に感じた印象をもう一つ付け加えるなら、蟻や蜂の社会性昆虫に似ているということだ。まず偵察役の一人がいて、フェロモンで「ここに敵がいるぞ」と発する。するとそれを合図に同種の虫が大挙する(自然発生的ではなく、あくまでもインフルエンサーの人為的号令がきっかけになっている)。一匹ずつの成員にも階級差があり、上述したように、論理を一から構築できる上級成員と、それを眺めたら反復する大半の下級成員に分かれている。発端たるシュナムルがあるタイミングを境に「引き上げた」とき以降、帯同者たちの引用通知もほぼ同期して鳴り止んだ。統制の見事さと、統制の不気味さを同時に感受した。一層不気味なのは、「炎上」が終わったあとも、シュナムル側のツイートを拡散しフェロモン発散に協力していたいくつかのアカウントが、いまも俺をフォローしていることだ。純粋に俺のツイートが楽しみでフォローしているわけはないと思う(そうだったらウケる)。この後も引き続き、俺が性問題についてナメたことを言わないか監視し、いざ再発があれば仲間を呼ぶフェロモンを発するのだろうか。あるいは、もっと単純にS-Sports(ソーシャルスポーツ)を再び楽しめる可能性が高い”餌場”をマーキングしているだけだろうか。一度餌を得られた場所に、再訪可能なようにフェロモンの道しるべを残すこともまた、蟻や蜂に見られる習性である。ないし実際に「蜂」を名乗っているやつもいた。

 

 

こうしたシュナムルとその帯同者たちに言えることは、全能感と自己中心性である。「小児性愛の表明」を是とするツイートに対し、これは「小児への性加害」を是としているのだと批難する。そんな文意はどこにも書かれていないが、自分たちが攻撃し慣れた形に独自に読み替え(その自覚は持っていない)、作りあげた藁人形に、映画『ウィッカーマン』さながら火を放つ。

「そんなこと書いてないがな」と当然の事実を反論されると、相手側の「後退」や「詭弁」であると、天動説さながら、あくまでも自分たちの視座からそう見えるだけの世界を述べてくる。悲しいことに、彼ら彼女らは、おそらく本心からそう言っている。自分の視座から拓ける世界が、他者の心にも反復されているはずであると考えることを何と言うか。「幼稚」である。たとえばジャン・ピアジェが幼児の心理的特質(幼児の心を大人と区別しうるもの)を、心像の「自己中心性」にあると整理したが、これは2~7歳児の特徴である。

 

■「性愛」理解

論旨への反論はおおむね以上となるが、最後にAppendixを添える。

 

シュナムルとの直接のやりとりは、このときを最後としている。

 

当時、午後から外出の用事があったため、時間的制約でこれが最後になった。だが、家を出る準備をしながら、シュナムルの応答を見て、「??????」と思った箇所がある。この「性愛」の理解である。

 

 

フェミニストかつ読書家を自称するなら、この「性愛」理解は通常ありえない。「性愛」はエロい行為で、恋愛は告白やデートで、という相互排他的な定義は、一般人が会話で用いる語彙としてのそれだろうが、元来「性愛」とは、明治期以降、西欧のロマン主義文学や心理学(あるいは後年の精神分析)が学術的に概念化するセックスと親愛関係の複合・総称的なものを指して呼んだ概念の翻訳語である。つまり「性の愛」ではなく「性と愛」である。より今日的なフェミニズムジェンダー論の文脈で「性愛」と言うなら、当然フーコーが『性の歴史』で言うセクシュアリティ、その実践を広く指す言葉である。

ここでの「性愛」は、性を巡る社会規範も広くスコープに入れられている。いわば「性別を要件とした愛の営み」全般を広く指すと言ってもよい。たとえば親子愛や師弟愛は、その間柄で双方の性別を要件としないが、パートナーシップや夫婦愛は性別を要件とするから性愛である(パンセクシュアルを除く)。そこで営まれること全般(セックスのみならず)が性愛である。上野千鶴子が80〜90年代にセクシュアリティ研究をしていたときも、性愛はこういうタームだった。フェミニストの読書家で、上野千鶴子を読んでいないことがあるだろうか…。否、上野千鶴子などいまやフェミニズムの中でも古く、教条側に堕している等々言うとしても、性愛はセックスで、恋愛は別物でというのは、あまりにもフェミニズムが仇敵としたロマンティックラブイデオロギーの語彙に偏っている。「恋愛」の名のもとに性の問題を私的領域に閉じ込め、批判的分析対象からそらし続けてきたことの反省から、より物質的・社会制度的に捉えるために「性愛」というタームが使われてきた歴史は、フェミニズムあるいは、ジェンダーセクシュアリティの入門的な本を数冊読めば、容易につかめるはずだ。

 

「シュナムル」で検索すると京大卒らしいが(その学歴の真偽がいろんな人に死ぬほど検証されていたが(ただしそういうアルファアカウントの”相撲”は面倒なので読んでいないが))、先入観なくまっさらな気持ちでやりとりをした立場から感じ取ったのは、「こいつ、SNSで”怒る”ための材料に詳しいだけで、言うほどにはジェンダーセクシュアリティについて知らなそう」ということだった。

 

こんなことを言えば、そういうお前はフェミニズムの何を知っているのだ、という謂れもあるだろう。フェミニズムについて専攻のレベルではないが、「人文の徒」の水準程度には読んでいる。上野千鶴子竹村和子の主要著作(上野千鶴子は、門下の北田暁大が言うように、マルクス主義フェミニズムの理論紹介をしていた時期はおもしろかった)に、フーコー『性の歴史』、ジュディス・バトラージェンダートラブル』あたりの重要書は最低限読んでいるし、バトラーとともに英米の第三波フェミニズムを牽引したゲイル・ルービンなら、まだ単著の翻訳がされていないため論文掲載誌を買い集めて読んでいる程度に、フェミニズムには分野的関心を持っている。マルクス主義フェミニズムへの強い共感から、クリスティーヌ・デルフィやマリアローザ・ダラ・コスタも読んでいる。その他、細かい著作は挙げるにきりがない。無論、批判するための斜め読みではなく、”学徒”の態度で読んでいる。「性の不平等」を構造的に理解するための言葉は、いまだ男よりもこうしたフェミニストたちの理論的著作のほうが豊潤さにおいて圧倒している。

ただし俺の最終学歴は高卒であり、「人文の徒」としての制度的訓練を受けたことはない。この程度の「単に本を読んできた」だけの、肩書きを持たない剥き出しの個体だが、それでもシュナムルに対し、容易に直感したことがある。もう一度言うが「こいつ、言うほどにはジェンダーセクシュアリティについて知らなさそう」だ。実際はこの程度に詳しい、あれやこれを知っているのだと返されようが、「知らない」人間でないと到底行わない応答を、俺は今回現認した。その事実性はくつがえらない。

 

〜〜〜

以上ここに書いた考えは、俺個人の怒りである。何らかの派閥をレペゼン(代表・表象)しようとしたものではない。

 

もっと直接的に言えば、”アンフェ”(アンチフェミニズム)の一員になったつもりで文章を書いたわけではない。上の段落でフェミニズムへの尊敬感情を書いたとおり、もしこの文章を読んでいる人のうちに、俺に”アンフェ”を期待している人間がいて、Twitterでフォローもしているなら、早いうちに解除してほしい。

 

俺は(第三波を中心とした)フェミニズムを尊敬しているために、こんにちSNSに跋扈するその”紛い物”を軽蔑しているだけの男だ。

この区別への無理解を、俺は厭う。

楳図かずお 14歳――ひとりぼっち、友だち探し(5)

 

 二つの呪いが、世界にふりかかる。

 一つは、動物の呪い。すべての動物を代表して人類に復讐するために、遺伝子操作による食肉用培養チキンのプールから、チキン・ジョージ博士が生まれる。もう一つは、植物の呪い。緑病と通称される、全身緑色の赤ん坊が全世界同時多発で生まれる。

 あなたは初期作品において、近現代社会に抑圧されるフォークロア(へび、蜘蛛)から呪い・復讐を受けるという物語を数多く作り出した。『14歳』は、そのテーマに回帰しながら、同時に、規模を環境・文明というフレームに拡大した。

 

 チキン・ジョージは生後6ヶ月でケンブリッジ大学教授になり、人知れずゴミで埋め尽くされたハワイ沖の汚泥の地下に、ラボを作る。そこに地球上のあらゆる動物のコピーを作り、人類への復讐の同士として匿う。チキン・ジョージは、この地球の未来をシミュレーションするため、「人類を滅亡させた」場合の未来をコンピュータに予測させる。その結果、なぜだろう。人類が絶滅すると、ほかのすべての動物も道連れに絶滅するという答えが返される。何度検証しても答えが変わらない。むしろ、反証を重ねてその答えが一層堅牢になっていく。チキン・ジョージは絶望し、トサカが白くなる(ここ何回読んでも声が出る)。

 人間への怒りを失ったチキン・ジョージは、当初もくろんでいた人類絶滅計画(地球を動物の星にすること)から、方針転換する。やはり、全動物を連れて宇宙の果てに逃げる(人間をひとりぼっちにする)を選ぶ。

 

 この作品の序章で、本名も知らぬバンドマンの子どもを身ごもった中学生が、占い師に未来を見てもらったとき、占い師の口から湧き出た煙が「14歳で終わる」と宣告する。これは、お腹の中の子どもが14歳で生命を終えることと同時に、人類そのものの遺伝子に、この年に生まれる赤ん坊が14歳を迎えたときをもって終末するよう書き込まれていることを暗示していた。

 

 「14歳」という年齢は、「子どもが終わる年齢」であるとあなたは説明している。この年齢に関する発想は、戦後日本に降り立ったマッカーサーが「日本人は14歳だ」と言ったことの、幼いころの鮮烈な記憶にあるという。

*UMEZZ PERFECTION!『14歳』(4) 巻末ロングインタビュー

 なるほど。『わたしは真悟』でも、ロビンは、15歳になったらぼくたちは結婚する許嫁なのだと、記憶喪失したまりんに吹き込んでいる。すなわち15歳が性成熟した大人であり、「14歳」はその直前の子どもの終わりをあらわす。また、あなたがいずれ来るデビューに向けて、手塚治虫を読むのをやめて、その影響を脱しようと取り組み始めたのも、中学2年生で14歳だったと話している。

 つまり人類が「14歳」で終わるとは、人類は成熟できないまま、子どものまま終わろうとしているというメッセージだった。また、あなたは本作の執筆時、序章の「14歳で終わる」を書いていたとき、それは自分自身にも言えることだ。つまり、作品『14歳』で漫画家としてのキャリアが終わることを先見していたという。*同インタビュー

 

 あなたは、以下のような観念を持つ。

 

人間っていうのは、遺伝子のパターンが全部出尽くしたときに終わりになっちゃうから

*マンガ21世紀読本 楳図かずお『機械・情報・地球』(1986)

 

 人類が滅ぶのは、人類の遺伝子のパターンが出尽くしたときである(たとえば、昭和版『まことちゃん』が、子どものあり方のパターンをすべて出しきったとき、静かに連載終了したように)。

 あなたはこうも言う。子どもとはすべての可能性に開かれようとする自由な存在であり、対する大人とは、そのうち経済的生存に利するもの”だけ”に縮減していく存在であると。つまり、人間は子どもを終える「14歳」までのうちに、可能性ひいては、すべての遺伝子のパターンを出し尽くしている。だから人類は「14歳」で終わる。

 チキン・ジョージは、人間にこう警句を発する。

 「あなたがた人間に一つだけ助言を与えておこう。われわれがいつかいなくなったあと、あなたがた人間は、ひとりぼっちになるだろう。人間はそのとき友達が必要になるだろう。そして、それはただの友達ではなく本当の友達だ」

 

 「14歳」を迎えてもなお、その種を延命するすべは、遺伝子の新たなパターンを外部から取り入れることである。人間という種を延命する新たな遺伝子パターンを供給しうる者――人間の潜在性を引き出す外部存在を、『14歳』の中では、「友だち」と呼ぶ。

 

 こうした「友だち」観は、『わたしは真悟』にすでに示されている。真悟と美紀である。真悟が「コワサレル」ことから逃げ、地下水路をさまようとき、彼は汚物にまみれ動力源を失いながら進む、ゴムや鉄のこんがらがった複合物だった。かたや美紀は、すでに死んだ少女の名前であり、両親がいまも生きている夢想のため点滴とベッドだけ設置した非生命である。真悟が地下水路から助けを求めるとき、美紀の意識が電信上に生まれ、真悟にここへ来るよう助言する。なぜか。真悟に「友だち」になってほしいからだと。会えたとき、私の姿を見て驚かないでほしいと求む。真悟も同じことを求め、歓びをたずさえて美紀のもとにたどり着く。そのとき、美紀は泥とも肉塊ともつかない形に受肉し、汚物まみれの機械身体の真悟に、言葉を発する。「私も人間だから、あなたも人間よ」と。互いに不可能な「人間」としての存在肯定を交わし合う。「友だち」とは、人間と呼ぶには不完全な自らの存在不安を持ち寄りあい、相互承認の営みをする者たちの名前である。人は友だちに出会うことで、あらかじめ持っていた潜在性を顕現する。真悟に相対し、非生命の美紀が受肉したように。

 

 『14歳』にとっての友達も、人類が人類でいられなくなろうとしているとき、その潜在性を引き出してくれる別種の生命のことを指した。「友だち」を探し求め、全世界から選ばれた100人の子どもたちは、チキン・ジョージが作り出した(全動物を連れ出すための異次元空間を有する)宇宙船「チラノザウルス号」に乗り継ぎ、宇宙の果てへ飛び発つ。

 チラノザウルス号の前身は、『まことちゃん』に登場する空想上の宇宙船である。まことちゃんのように観照の視座を持った、ポスト人類になりうる3歳の子どもたちが宇宙に発つ。

 

 いっぽう、地球に残された(ひとりぼっちになった)人類は、「友だち」の条件を錯誤したまま、宇宙に向けてSOS信号を送る(ただの利潤獲得のすべとして友だちを求める)。それは、土星の周りにとどまる宇宙人たちにキャッチされる。

 宇宙人は、地球よりも大きな十字架形の船団を組織し、地球に飛来する。エコロジカルな自然保護クラブの少女は、これは私たちを救いにきた高次存在よと喜ぶ。そして彼女は、降り立った宇宙人たちに、口と性器に、それよりずっと大きい吸入器を挿入され、遺伝子や生命エネルギーを吸い取られ、枯れ木のようになって命を失う。異星間レイプされる。

 この宇宙人たちも、人類と同じだった。住んでいた星が重篤な環境に陥り、宇宙に逃げ、自分たちの遺伝子を延命しうる外部生命を求め、土星の周りを浮遊し続けていた。宇宙人は、地球人の大半をレイプしたのち、この吸い取った遺伝子のうちに自分たちを延命させる変質要素は得られないと結論づける。すると宇宙人は、外宇宙へ再び逃避するにあたり、地球の核から、航行エネルギーを吸い取っていく。

 自己保存のエネルギーを失し、地球が崩壊する。富士山が噴火すると、かつて日本人たちがマントルに放棄した巨大なゴミが、無数のミサイルのように地上に降り注ぐ。地上に戻された核廃棄物は、周囲の人間たちを崩壊させていく。やがて地球の自転が高速化し、地表すべてに津波が覆いかぶさる。空が低くなり、海と空がキスをする。その二つに陸がプレスされ押し潰される。(そんなの一体どういう状態なのだと思われるかもしれないが、『14歳』の該当場面で描かれている絵を丹念に理解し、文字に起こすと、このようにしか表現できない)

 

 終末を迎えた地球のはるか彼方で、チラノザウルス号に乗る子どもたちは、宇宙漂流のすえに、乗員が徐々に「14歳」を迎えはじめる。「14歳」になった子どもは、人類の種におけるエントロピー増大がピークに達し、崩壊する。恐竜に姿を変える。太古に回帰する。

 これを避けるため子どもたちはみな、14歳になる直前にチラノザウルス号内に存在する氷河期エリアに行き、冬眠することを選ぶ。もっとも遅く生まれた少年アメリカが、チラノザウルス号で1人最後まで残される。彼が航行するある日、突如すべての質量が減り始め、宇宙空間が暗闇から白い放散状の光に満ち足り始める。つまり、宇宙の果てまでやってきたチラノザウルス号は、宇宙が拡大から収縮に転じるビッグクランチに直面する。縮みゆく宇宙の際を前に、アメリカはチラノザウルス号の口からジャンプする(まるで『わたしは真悟』の「333ノテッペンカラトビウツレ」のように)。この宇宙の外側へ飛び出す。

 

 すると風景は、どこかのロードサイドに切り替わる。アメリカは、そこを這う芋虫の背中から、原子のひと粒が膨らむように飛び出してくる。私たちの宇宙は、一匹の小さな芋虫だった。道路に出てしまい、もうすぐ車に轢かれて死ぬであろう弱った芋虫だったのだとアメリカは気づく。人類と地球が終焉を迎え、その病がアンドメダ銀河全体にまで波及していたのは、そこに住まう生命たちの行動のせいではなく、ただ宇宙外宇宙の環境によるものだったと知り、アメリカは涙を流す。

 

 このように、宇宙の外に、それを一個体として擁するさらなる高次宇宙があり、そこで私たちの宇宙個体が偶発的な危機にさらされているというアイデアは、前もって『平成版まことちゃん』の中で示されていた。

 あるプライマリースクールで、子どもが先生に「宇宙のはてはどうなっているんですか?」と問う。先生は、最新の物理学の知見と云い、この宇宙はうんこ(巻き糞)の形をしていると答える。形があるから、終わりと外側がある。うんこ型宇宙は、さらに瓶のような外被型の高次の宇宙に包まれているという。その瓶の中で、私たちのうんこ型宇宙は10億年スパンで破滅に向かっていると答える。こう見ると、『14歳』はチラノザウルス号しかり、何と『まことちゃん』から霊感を得ている作品だろうと思う。

 

 さて、高次宇宙に飛び出たアメリカは、まだその空間にうまく内属できない。芋虫を物理的に動かしてやることができない。しかし、アメリカの霊を感じ取り、自動車から降り立ったロリィと呼ばれるくちばしを持った少女が、芋虫(私たちの宇宙)を茂みの中に返してくれる。そのときロリィは枝で傷つき、血を流す。アメリカがその血を舐めると「奇跡」が起きる。アメリカは、高次世界の存在へと実体化される。ロリィは会話可能になったロリィにお礼を告げる。芋虫(宇宙)は救われ、そしてアメリカを介して、人類の遺伝子に延命の変質がもたらされた。彼はこの身体を地球に持ち帰ればよい。

 高次宇宙の住人ロリィは、ニワトリの知的生命体だった。すなわちチキン・ジョージは、培養肉のプールから生じた突然変異でありながら、この世界に帰ることを本能的に求める高次存在だったと判明する。

 子どもたちが、芋虫の背中に向かってジャンプし、自分たちの宇宙内部へ、そして地球へ帰ろうとするとき、高次世界に残るチキン・ジョージが手を振る。そして『14歳』は終わる。

 

 UMEZZ PERFECTION!『14歳』(4)に、2012年にあなたによって加筆されたラストシーンは、「宇宙ではどんな想像も許される」という言葉で結ばれる。願ったこと、考えたこと、予測したこと、そして「そうなろう」と意思したことが、この宇宙を作る。実体化される。

 確かに、あなたはそのような観念を持っている。『14歳』の前半でも、スーパーコンピュータが人類の未来を予測すると、処理暴走のすえ「仮説が現実を支配し始めた」と、ただそう思い描いたことでしかない演算処理結果が、実体的なパワーに切り替わる場面を描いていた。すなわち、情報は粒度や確度が超越的なほどに高まると、現実空間に、物質的に介入するものへクラスチェンジし始める。

 演算結果が現実になること。極限的に思考すると、それがやがて物質としても現れるというのは、あなた特有の発想だった。未来予測とは、未来をそうするということでもある。

*雑誌『プリンツ21 2001年冬号』

 

 あなたがずっと描きたかったという、『14歳』最後の、宇宙から降りていくように駆けてくる子どもたちは、『漂流教室』でかつて空に向かって登っていくように駆けていった高松翔たちの鏡像である。子どもが世界を作る。やがて子どもは世界を超越し、飛び出る。そして、子どもはまた世界に回帰する。

 帰った場所に、かつて君たちにあたたかい夕飯を作ってくれたお母さんとお父さんは、もういないだろう。でも、長い旅を経た君たちはそのことを受け入れる。まだ見たことのない「友だち」が待っている世界を愛おしく、そして待ち遠しく思うだろう。

 

 『14歳』の地球で人類の帰りを待つ「友だち」は、ゴキンチという、かつて人間が残したレガシーから理念・美意識のみを抽出し、受け継いだゴキブリの一匹である。出かけた先にいる「友だち」は高次存在のニワトリ(ロリィ)だった。ニワトリとゴキブリという二極性に指して、あなたは『14歳』は実は「動物もの」だったと語る。

*UMEZZ PERFECTION!『14歳』(4) 巻末ロングインタビュー

 

 そういえば、むかし竹宮恵子が描いた楳図かずお自宅訪問記の漫画によると、70年代中ごろ、あなたは部屋に湧いたゴキブリに名前をつけて飼っていた(というかあえて殺しはしなかった)というし、あるインタビューでも「『14歳』って、実はあのゴキブリたちのシーンを描きたくて作ったようなものなんですよ」と語っていた。*雑誌『プリンツ21(2010春)』

 ついぞ家庭を持たずにいたあなたを留守中の家で待つものは、ゴキブリだった。『14歳』の終わりは、そんなあなた自身の戯画的な反復のようにも映り、愉快に思う。

 

 あなたは『わたしは真悟』で、意識の最小単位から地球全体までを描出した。

 そして『14歳』で、子どもたちは宇宙に飛び出し、遊び疲れた彼らは、世界に帰還する。ここに、あなたの「最小から最大へ」という作家業の要件完遂を見届ける。

 

 かつて私が図書館で『恐怖への招待』を手に取り、所収の短編『Rojin』に衝撃を受けてあなたと出会ったのは、中学1年生の12歳で、確か1994年だった。その後、漫画喫茶で『14歳』の既刊を読み終えた私は、翌年1995年『14歳』の最終回をスピリッツで見届けている。そのころ、すでに古書店を回る習慣を持っていたことで、歴史と呼ばれるものの肌理を理解できるようになっていた。たとえば、漫画史における60年代と70年代の違いを感覚的に分かっていたし、人に説明することもできた。あのころ、私の時間は、過去に向かって飴状に伸びていた。

 

 『14歳』をすべて読み終えたときに思ったのは、ああ、自分は一生かけてこの作品あるいは、あなたが成しえたことの理解を追い続けるんだろう、という確信だった(まだあなたの作品をすべて揃えられていない少年の時分に、『14歳』はだいぶ難しかった)。

 それは、まだ見ぬ「大人」の自分を想像的に捕捉し、「楳図かずお」の理解をめぐって協働関係を取り結ぶという、ある種、未来に向かって伸びていく時間の感覚だったことをいまも憶えている。

 

■最後に

 以上は、あなたへのお別れの挨拶であり、そして、あなたの作品に出会って以降、「私の目に楳図かずおはこう映った」ことの羅列的な感想である。あなたの訃報を聞いたのをきっかけに書き始めたのだから、素描の素描でしかない箇所もだいぶある。

 

 あなたは、プロダクションを組織したりせず、マネージャーをつけないことで長年知られていた。しかし、ある時期からTwitterに「楳図かずおマネージャー」アカウントが生まれ、著作権管理の財団法人UMEZZが設立されたこと。そしてその理事があなたの最期をホスピスで看取ったこと。吉祥寺のMAKOTO CHAN’S HOUSEがいまも使われ、維持管理されていること。孤独癖のあるあなたが信頼できる第三者をそばに迎え入れてから、鬼籍に入られたことを、一読者として嬉しく思う。

 

 つい先日発されたニュース記事を読むと、財団法人UMEZZ理事の言葉に

「楳図さんは自身のことを芸術家だと思われていたので、そうした芸術的評価を揺るぎないものにしたいと考えていたんです」

とあったが、まったく同意する。あなたは芸術家である。当然のことを言うが、ここでの「芸術」とは「とてもレベルの高い文化作品」とかいう意味ではない。マネやデュシャンと同じような意味合いのそれである。つまり、学問とは別様の手段で、イメージや言葉の創作的な連なりによって、世界把握の方法を提示すること。その意味合いにおける「芸術」を、あなたは確実に成し遂げてきた。

 

 あなたの漫画を、ただの娯楽として、かわいい、こわい、おもしろいという感覚のために読むことは当然素晴らしく認められるべきだが、あなたがその手の評価にもうすっかり心動かなくなっていることを、インタビュー等からよく知っていた。あなたは孤独だった。取り組んだことの複雑さ、強度に対し、そこまでかいくぐって手を差し伸ばす人があまりにも少なかった。アングレーム国際漫画祭の遺産賞の歓びに発奮し、『ZOKU-SHINGO』を描き上げたのは、それだけあなたが「芸術」評価に飢えてのことだったと思う。

 

 首記のとおり、思春期以降の私は、あなたをよりよく理解するために、思考し、さまざまな本を読んだり絵を眺めたりしてきた。脇道で、ほかの多くの文化的快楽を知った。

 あなたがいない世界で思考することに虚しさを憶えている。しかし、いま私は、あなたがいなくても思考できている。訃報を知ってからこの約2ヶ月間、ふつうにトイレに行き、仕事ができている。底が抜けた心でも、「社会」と呼ばれる振り付けをこの体は覚え、反復可能になっていた。

 

 あなたは結婚し、子どもを作ることを選ばず、作品を世に出すことを、生殖の等価物と捉えていた。言葉が言葉を生む。たまたまそこにある肉と電気信号を宿木に、まるで人間が考えているようで、言葉自身が思考をする。その錯覚的な過程を、「意識」と、そして「生命」と捉えた。

 『わたしは真悟』の真悟とは、さとるとまりんが与えた言葉に、やがて静電気のように帯びた自走性のあらわれだったように、私も、あなたが生殖の代わりに残した、無数の言葉の自走性、その一つでありたいと思う。

 

 あなたを忘れない

楳図かずお まことちゃん――絶対的笑い(4)

 まことちゃんは常に目を見開き、瞳の上下はまぶたに隠れることはなく、瞳孔は開ききっている。つねなる凝視。本来驚いたときの目が、平常時も強度を変えずまったく保った眼。視界の先にあるものを、何の分け隔てもなく、秩序も序列もなく、等しく凝視する眼。たとえばチェニジアの湿気のない空気の中で、遠くと近くの風景が、等しい近さと彩度で現前してきたことにパウル・クレーが驚き、のちの画業に決定的影響を受けたという挿話があるが、想像するに、そのときクレーの眼がきっと強いられたであろう「平板」さに相対する眼。対象から「深淵」を見出そうとすることが許されない眼。

 まことちゃんは、まずその眼に特異性がある。思うに、これは科学者が対象の観照に努めるときの眼である。だから、『まことちゃん』は、ある幼児の糞尿譚であると同時に、モダニティのあり様をえがく文物でもある。

 

 まことちゃんは緩急がない。つねにテンションがピンと張り詰めている。ずっとおかしい。そういう意味では『まことちゃん』は、数あるあなたの作品の中でも、かなり読みづらい。こんにち、『漂流教室』『洗礼』『わたしは真悟』を回顧する人たちの一定数が、『まことちゃん』を避けて通る。『まことちゃん』はあなたのキャリア上もっとも商業的にヒットした作品であると同時に(だからこそ)、当時のニーズと分かちがたく結びつき、こんにち、どう捉えたらよいか判断しかねる難解な作品であり続けている。

 

 『まことちゃん』について考えるとき、やや迂回した経路になるが、私は小林秀雄の『漫画』という文章を想い起こす。

 

 「のらくろというのは、実は、兄貴、ありゃ、みんな俺の事を書いたものだ。」

 私は、一種の感動を受けて、目が覚める想いがした。彼は、自分の生い立ちについて、私に、くわしくは語った事もなし、こちらから聞いた事もなかったが、家庭にめぐまれぬ、苦労の多い、孤独な少年期を過した事は、知っていた。言ってみれば、小犬のように捨てられて、拾われて育った男だ。

*小林秀雄『考えるヒント』所収『漫画』

 

 義弟の田河水泡からこの告白に感銘を受けた小林秀雄は、漫画なるものを把握する、一つの準拠枠を得る。つまり、漫画を描くこと、もっといえば「主人公」と呼ばれるものを漫画で描くことは、一種の自己記述の話法であると。それも、小説よりもずっと高度なそれであると。

 

 例えば「フクちゃん」は横山隆一自身であり、「カッパ」は清水崑その人に違いない。まことに、はっきりした話だ。これは、芸術の上での、極めて高級な意味での自己の語り方であって、そういう観点から、「のらくろ」や「フクちゃん」や「カッパ」を眺めると、気持のいい程、徹底した芸術家の仕事ぶりが見えて来る。小説の世界では、こうもさっぱりした事にはならない。「私小説論」が書かれる毎に、問題は紛糾して来る始末だ。

 

 漫画はリアリズムが禁止されている。ないし、小説のように「自己をなし崩しに語る」わけにはいかない。よって、よく批判されるように、漫画は「類型」をえがくことに執心する。その「類型」の作業が、「○○(主人公)は私だ」という心地よい錯覚を、読者に起こさせる。

 のらくろにかつて熱中した戦前の子どもたちが、楽天的なのらくろのうちに流れる哀しい調子にシンパシーを覚え、これは自分のことだと思いながら読んだ。そのように、『のらくろ』シリーズがあれほど戦時中子どもの心を捉えて離さず、のちに手塚治虫に子ども漫画の範例と理解させたのも、田河水泡のらくろを「俺のこと」だと思いながら描いていたことが引き起こした反復事象だった。

 

 小林秀雄は、「天賦ある漫画家だけが、喜びをもって自分の身丈にしっくりした主人公を創案することが出来」ると言う。「自己の語る」ことを、小説のようにそのままに写生的にではなく、「類型化」によって行う。その二つを接合しうる才を、小林はここで「天賦」と呼んでいる。

 エッセイ後半より、近代漫画の歴史を簡単に顧みることに着眼点を切り替える。近代漫画は、政治漫画、ひいては風刺から始まった。それはドーミエの発明だった。

 

 どうあっても、他人に説得されまいと覚悟している政治家を説得する事は出来ない。笑いのめしてやるより仕方がない。

 いわば、批判が効かない先になおも批判を貫くためのオルタナティブな武器が、漫画だった。小林秀雄がよく思考方法に採用するベルグソンも、『笑い』の中で、ユーモアを批判理論のフレームで把握しようとしていた。

 小林秀雄は風刺の笑いを「成る程、これはいい思附きであった」と言うが、ただちに続けて、「だが、この武器の切れ味は、だんだん怪しくなって来たのである」と言う。なぜなら、「現代のような、奇怪に複雑な批評時代が到来」しているためだと。世間でよく「最後に笑うものが、一番よく笑う」と語られるとおり、いまや人々は、批判ではなく、笑う側に最後まで立とうとすることを、勝利の唯一の賭け金に据えている。誰も彼も、同じその取組をする中では、笑いの利き目も飽和し、鈍化していると指摘する。

 

 己に澄ました男が、往来で、滑ってころんだら、見るものは優越感をもって笑うであろうが、今日では、もはや、滑ってころんだのは我々自身の歴史という大紳士なのかも知れないのである。そんなていたらくで、自己の或は党派の優越の為に、他を笑って何が面白いのであろう。

 イデオローグに駆動される歴史そのものが滑ってころんでいるのに、なおもその土台の一片に位置づけられる特定のイデオローグに固執し、「自己の或は党派の優越の為に、他を笑」おうとする者は、笑いを優越の手段として採用している。だが、それこそもっとも非ユーモラスな態度である。当代の風刺漫画は、その隘路に陥っている。

 ユーモアとは何たるかの理論史において、その複雑な心理に対し、優越感の効用から捉える向きがある。小林秀雄はその視座に冷水をかける。代わりに、彼はボードレールが言うところの「恢復期」「子ども」的な笑いを提示する。その体現者に、半ば唐突にウォルト・ディズニーを挙げ始める。

 

 人を笑うのだけが笑いではない。子供ならみんな知っている。生きるのが楽しい、絶対的な笑いもある。いよいよ増大する批評的笑いの不安と痙攣との中で、この笑いを、恢復しようとしたのが、ディズニーの創作であると考えてもいいだろう。

 ここで小林秀雄ウォルト・ディズニーが1953年に製作したネイチャードキュメンタリー『砂漠は生きている』に言及し、「絶対的な笑い」と「類型化」という2つの論点の合流をはかる。

 

 ディズニーの「沙漠は生きている」という映画が評判になった時、在るがままの現実の自然を、何故、子供だましの漫画にしてみせる必要があるのか、野鼠は、決してミッキーマウスのような芸当をするものではない。原始人のアニミズムの世界観に、たぶらかされている文明人の方がよっぽど滑稽である、そういう批評を読んだことを思い出す。これは、浅薄な見解というよりも、批評的嘲笑の、極くありふれた現代風な型を示す。

 『砂漠は生きている』は、砂漠に住む動物たちのドキュメンタリーを謳いながら、編集あるいは、動物たちをさらってスタジオで撮り直す等の加工技術を駆使し、自然がディズニーのアニメ作品同様に踊ったり騒いだりする様へとデフォルメを施した。そんな『砂漠は生きている』を、リアリズムの観点から批判した世評を小林秀雄は振り返りながら、そんなものは「批評的嘲笑の、極くありふれた現代風な型」に過ぎないと喝破する。なぜなら漫画あるいはミッキーマウスがそうであるように、自己という対象を「類型化」することによって、その対象が表現者個人の自我という狭い閾から解放される。それをディズニーは確信的に行っているはずなのだから。

 

 優越を得るために、批判対象としての「他人」を要請しながら、実は批判対象の存立によって生かされている批評的嘲笑は、自己と他者の確然とした分割認識を資源にしている。その二分法を脱したところの「絶対的な笑い」を、二十世紀の人々は、子供向けである漫画という文化の中で確保してきた。そうして、20世紀における、文学に対する漫画の優越を説明し、小林秀雄は文章を結ぶ。

 

 そういう、人を笑う悪意からも、人から笑われる警戒心からも解放された、飾り気のない肯定的な笑いを、誰と頒ったらよいか。誰が一緒に笑ってくれるのだろうか。子供である。子供相手の漫画の傑作が、二十世紀になってから、世人の信頼と友情とによって、大きな成功を収めたのは、決して偶然ではない。 一般に笑いの芸術というものを考えてみても、その一番純粋で、力強いものは、日本でも外国でも、もはや少数の漫画家の手にしかない、とさえ思われる。今日の文学者は、もう陰気な喜劇しか書かない。それは、皆が思っているほど当り前な事であろうか。

 主人公が楽天的であるうちに、どこか絶対零度的な死の冷たさを感受させられること。それが『のらくろ』が児童たちの精神反復に成功した教えであり、且つ、ミッキーマウスを通じて日本の戦後世代の漫画家たちが学んだ「絶対的な笑い」の条件だった。

 小林秀雄は、横山隆一清水崑そしてウォルト・ディズニーを言及対象としたが、この話の純粋な到達点に、やはり私は『まことちゃん』を見出さずにはいられない。「人を笑うのだけが笑いではない。子供ならみんな知っている。生きるのが楽しい、絶対的な笑いもある」と述べるそのあり方こそ、誰を超越しようという意思もなく自己自身でいることが楽しく笑っている――その結果、世界中に糞尿を撒き散らし、親や先生までもつられて糞尿を漏らすビチグソの反復に巻き込まれる。「絶対的な笑い」は、そういうまことちゃんのあり方に違いない。

 

 あなたは、『まことちゃん』とは、子どもの極限的な放縦さ、そのパターン集として描き続けてきたことを、さまざまな場面で語っている。

楳図 ちょっと乱暴な言い方かもしれないけど、キャラクターはどうでもいいんです。お話に合わせて描いているだけですから。唯一、『まことちゃん』(1976年~1981年)で描いたのはキャラクターなんですけどね。だけど『まことちゃん』のキャラクターと、例えば『ドラえもん』のキャラクターとでは、やっぱり違うものがあると思うんですよ。藤子(・F・不二雄)さんの場合は、この子はのんびり家で、この子はしっかりしていて、この子はおちゃめで……と、キャラクターたちがそれぞれ分かりやすい特徴を一つ持っている。そしてその特徴でもって、何かの出来事に対応していく。僕の場合はそうじゃなくて、「子供の持っている要素のすべてを、まことちゃんを通してどうやって出そうかな?」という考え方なんですよね。だから、いつか限界が来るんですよね。要素を出し切っちゃったら、永遠に描き続けることはできない。そこが他の漫画とは違うところだと思います。

《追悼》「死がやっぱり一番怖いですよ」「大嘘をついてこそホラー」楳図かずお(88)が語った恐怖と不条理の関係 | 文春オンライン

 

 『まことちゃん』(連載本体である昭和版のそれ)は、最終話らしきものもなく、それまでずっと続いてきたものと同じような体裁の一話で、途絶するように終了したことで知られている。あなたがかつて述べた「人間っていうのは、遺伝子のパターンが全部出尽くしたときに終わりになっちゃうから」という観念を想い起こす。

*マンガ21世紀読本 楳図かずお『機械・情報・地球』(1986)

 つまり、『まことちゃん』は子どもの笑いのパターン検証であり、テーマがないためシリーズを通じた起承転結もない。パターンの蕩尽をもって、テレビの電源を切ったように無言で終わる。まことちゃんには、その不気味さがある。

 

 しかし、まことちゃんは再開した。あなたは『わたしは真悟』を挟んで、「子どもとは何か」の考究から新たに得た「子供の持っている要素」をたずさえて、『平成版まことちゃん』を少年サンデーに短期間再開する。こんにち、UMEZZ PERFECTION!シリーズ『超!まことちゃん』としてまとめられたこの作品を話したい(UMEZZ PERFECTION!の意義は、この幻の『平成版まことちゃん』を読めるようにしたこにある。あと『14歳』の結末を加筆させたこと。本当に感謝している)。

 

 まず単純に、描かれる不潔さが昭和版を圧倒している。

 

 『川下りパニック’88』の巻

 沢田まこと・みか姉ちゃんの二人で、夏休みのレジャーに激流の川下りに乗る。

 88歳の船頭(キャラ名:渡哲也(何でだよ))が心臓発作で死に、このままでは岩壁に衝突し全員死んでしまうというパニックの中で、もっとも重たい者が降りるべきだという要請に恐怖を憶えた力士が、ただちに「もっとも重たい者」でなくなろうとし、糞を漏らす。おそらく200kg以上ある巨体の大半を糞に即時変換し、出力する。力士がやせ細り一転「もっとも軽い者」になる。結果、船は糞で溢れかえった満杯の丼になり、糞丼のまま速度は衰えず激流を下り続ける。次に、どこからともなく「美しい女を生贄にせよ」という狂信的メッセージが発されると、私こそそれに違いないと確信する女がスカートをまくり、実は私は男で、乳房の膨らみも輪ゴムで皮膚の弛みをかき集めただけだと勝手に述べ始めるが、別にそれでも構わないと船の先頭に磔にされる。ようやく無事終点に着くころ、死んだはずの船頭が立ち上がる。実はスリルを与えるためのドッキリでしたと明かすと、まことちゃんとみか姉ちゃんは怒りを込め、船頭に肛門を向けて、砲撃隊のように糞をひる。かくして糞を噴く糞満杯の器が船着き場に到着すると、観光を愉しむ人々が地獄の臭気を感得し、次々失神する。

 

 『恐怖の水せんトイレ』の巻

 もう一つ、この回も信じがたいほど汚い。

 ママリンが同窓会にまことちゃんを連れて出かける。ママリンは同級生たちへの対抗心からボディラインを引き締めるため、途中喫茶店に寄り、糞をひることにする。それでウエストを細くする(まことちゃんの登場人物たちは、基本的に脱糞を痩せる手段と考えているふしがある)。

 二本の太い糞を出すと(メトロイドのラスボスステージのようなボツボツした質感が何とも丁寧に描かれている…)、トイレの水勢が弱いため流れないことに気づく。ママリンは機転を利かせ、まことちゃんをトイレに呼ぶ。そしてまことちゃんに便器に手を突っ込ませ、私の糞をよく掴み、さあ奥に押し込みなさい、と汚い・汚い・汚いの3K労働を息子に強いる。やがて同窓会に訪れるライバル(あや子)が、同じ目的(ボディラインを細くするために脱糞する)(まことちゃんの世界ではそれだけ普遍的な営みである)で同じトイレを訪れる。あや子も二本の太い糞をする(便秘糞特有の、消化されなかった植物の繊維質が円柱状の糞の側面からヒゲのように何本も飛び出ているところまで細かく描かれている…)。二人の主婦が積年の不和から喧嘩を始めると、双方の息子は、便器の奥に押し込んでいたと思わせて実はポケットにしまい込んでいた互いの母の糞を武器にし、それを相手の口に詰めたほうが勝つというルールで代理闘争し始める。糞の質感があまりに酷いため、写真は差し控える。

 

 あなたが、以上のようなフランソワ・ラブレーも卒倒する糞尿譚を、『わたしは真悟』の後に描くこと。つまり、もっとも愚かで幼稚なことと、もっとも理知的で世界への洞察に富むこと。この二つを同時に成し遂げるあなたの双極性に心から憧れる。

 

 『スースー星人』の巻

 『スースー星人の逆襲』の巻

 『スースー星人の復活』の巻

 不潔な2話分の説明にタイピングの筋力を酷使したため、『スースー星人』3話は簡潔になぞりたいが、『スースー星人』3話はすごい。まことちゃんがママリンの財布から盗んだお金を(罪責の念を持ちながら)使い、夜な夜な街角に一台だけ不自然にたたずむシューティングゲームの筐体で遊ぶ。スースー星人なる陣営に立ち、ゲボゲボ星人が滅びるまで撃ち続けるというゲームだが、この二つの惑星間紛争は宇宙に実在し、その操縦がまことちゃんに託されている、という寓話である。まことちゃんはスースー星人の独善的な態度に疑問を持ち、ゲボゲボ星人から銃の向きを変え、スースー星人たちを撃ち殺す。以後、続く2話にわたってスースー星人が、沢田家の家族や街の人々の身体をボディ・スナッチャーのように乗っ取り、まことちゃんのもとへ復讐に訪れるのだが、そう指示する明確なオーナーが存在しない漠たる民族単位の「悪意」が襲いかかってくるというモチーフおよび、ブヨブヨして艶かしい画風は、完全に『わたしは真悟佐渡島編がここに一時復活しているようにも見える。

 このスースー星人の一連のエピソードは、ギャグと恐怖どちらを読まされているのか判別不能な状態を、読者に強いる。

 

 あなたは、なぜギャグと恐怖をどちらも往還して描くことができるのか、どのように頭を切り替えるのか、という問いを、あらゆるインタビューのたび繰り返し尋ねられてきた。あなたは決まった答えを持っている。

 つまり、恐怖とギャグは視点の違いでしかない。追いかける側は楽しいが、追いかけられる側は捕食の恐怖に陥っているに違いない。という具合に、一つの事象に対し、笑う側と恐れる側がいるに過ぎないという考えをあなたは示す。だからすぐれたギャグ漫画は、ツッコミ(笑いどころの解説)を排除したとき、怖がればよいのか笑えばよいのかつかみどころのない作品になっていくだろうと、そう考えた。この態度は、あなたの諸作から確かに読み取れる。

 

 昭和版の『まことちゃん』に戻れば、サンデーコミックス15巻『姫はもらった』の巻で、絶対に笑わない姫君を笑わせられたら結婚できる、という募集にまことちゃんが挑む。周りの家来たちが腹をよじらせ尿をちびらすまことちゃんのギャグの数々もお姫様はまったく笑わない。まことちゃんはついに悲しくなり大声で泣きだすと、姫が笑う。そして結婚する。これも「ギャグと恐怖は同じ事象に対する視点の違いでしかない」をよく示す一話だと思う。芸をする側にとって、笑ってもらえず泣き出すのは悲劇だが、その姿を眺める傍観者はそれがもっともおもしろい。つまり、利害を共有しない傍観者は、非喜劇を逆転して見る。

 この『姫はもらった』の巻を、後年、一層先鋭化させたような短編なら、『妄想の花園』所収の『くらやみ』がある。なにものにも一切笑わない女の子が、主人公のぼくが交通事故に遭い、骨の見える怪我をしたら笑ってくれた、というだけの4ページの超短編である(あなたの漫画の中で、私が直接的にもっとも声を出して笑ったのはこれである)。

 

 そして、何よりも『平成版まことちゃん』が終わりを迎えようとするとき、読んだ者を震撼させる「マーゴッドちゃん」シリーズが始まる。

 

 一段階、高次世界に、沢田家をまったく反復した神々の家族が住んでいる。主人公かつ唯一神は「マゴドちゃん」と呼ばれる。彼が姉(ミカゴッド)と喧嘩するだけで銀河系が一つ消滅したり、目尻がつり上がって不機嫌な顔をするだけで、世界に戦争や不和が起きる。それをいつもママゴッドがたしなめる。あなたの読者なら誰しも気づくとおり、次作『14歳』の、滅びゆく宇宙は車道に飛び出て弱った一匹の芋虫だったという宇宙⇔個体の回帰反復を、「マーゴッドちゃん」シリーズは先取りしている(宇宙の崩壊は、上位宇宙・上位存在の恣意的かつごく些細な出来事に起因する)。

 最終話。マゴドちゃんはいつもいい子にしているのに、富士山を眺めていると化学薬品の強酸性の雨が降ってくる。世界の悪意が空から襲いかかってくる。

 唯一神たるマゴドちゃんが手をパチンと叩いても消えない。いつもはこれで世界を自在にコントロールできるのに。マゴドちゃんは気づく。2万年にわたって毎日決められた場所で富士山を眺めるとき、足元にある草を踏み続けてきた。2万年にわたって蓄積された植物の怒りが、世界に修正不能な悪意を呼び寄せた。ママゴッドは言う。これを消すためには、マゴドがこれまで作ってきた世界を一度すべてリセットしないといけない。そうすると、私たち家族も消える。完全な無になるだろうと。マゴドちゃんはその提案に従い、「みんなきえなさい」とあらためて手を叩くと、上下も左右もない真っ暗な無音の世界に取り残される。このコマで『平成版まことちゃん』が――ないしすべての『まことちゃん』が終わる。

 子どもは想像=創造をする。積木で城や都市を作るにせよ、人形で母子ごっこ遊びするにせよ、世界を作る。自分にとって矛盾のない理想的な世界を。遊びにおいて、子どもはつねに神である。神は孤独である。創造の断面において、オーナーは必然的に自分一人だけだからだ。よって、子どもは孤独である。それが、(『わたしは真悟』や『神の左手悪魔の右手』の連載を挟みながら)まことちゃんがたどり着いた命題だった。

 そうしたら、どうしよう、子どもには「友だち」が必要だ。その問題が、次作でありあなたの最後の長編作『14歳』に託される。『14歳』で、世界最高の頭脳チキン・ジョージは警句を発する。「そのとき人類は孤独になるだろう。本当の意味の友だちが必要になる」。

 

 あなたの他の諸作に比べ、『超!まことちゃん』を語る人は、こんにち決して多くはない。しかし、「子ども」の問題において昭和版『まことちゃん』を総括するだけの崩壊した汚らしさと、『わたしは真悟』ではぐくんだ神学性を、双極的に備えている。そして、『わたしは真悟』から『14歳』をつなぐ架け橋を務めている。

 

 次の感想で、長々書いているこの文章を閉じようと思う。

 『14歳』のことを話す。

 

(続く)

楳図かずお わたしは真悟――インテンショナリティ(3)

 

 『わたしは真悟』とは、ある工業用ロボットが「意識」を持つ前後過程の物語である。

 

 ある町工場に、アーム型の工業用ロボットが導入される。それは工場の生産性を飛躍的に改善するその魅惑的な力から、「モンロー」と名付けられ、やがて無能な作業者たちを不況を理由にレイオフする無慈悲な道具になっていく。主人公のさとるは、モンローの操縦役を任された作業者の息子である。そのことから、彼は工場に忍び込み、モンローに言葉や画像を憶えさせる遊びを行うようになる。ある日、学校ぐるみで父の工場を見学した帰り、別の学校から同じ目的で訪れた少女まりんと出会う。出会うと言っても、二人はすれ違いざまに互いの顔を視認しただけだが、そのモメントで相互に得た「ぼくは/わたしはこの人を愛している」という確信から、二人は夜にまた、約束もなく示し合わせたように工場で再び出会う。

 さとるとまりんが「愛し合う」ことは、「約束せず偶然出会うこと」と「互いを視認する(見つめる)こと」のセットで繰り返される。それは、初めて出会ったとき、夜の工場で再会したとき、夏休みの初日(これから気兼ねなく愛をはぐくめる歓びの幕開け)に地下鉄の入口で出会うときに繰り返される。(だから、やがてまりんの親に二人の仲を引き裂かれるときは、さとるが「地下鉄の入口に立っていても会えない」ことが印象的に描かれる)

 

 さとるとまりんが出会うシークエンスには、『わたしは真悟』の直前作『まことちゃん』(サンデーコミックス)の最終巻に、その原型がある。まことちゃんは「のろのろ電車」と呼んで愛する都電荒川線に乗り、早稲田―三ノ輪間の往復を繰り返しながら、窓の景色を愉しむ。ある日、線路沿いの家屋の窓に、女の子の顔を見る。まことちゃんはその日の晩、唐突にしかし確信的に、明日彼女に「絶対に」会いにいくことを決意する。

 いざこの家だとあたりをつけて飛び込んだ先で、あの女の子は、独り暮らしする老婆のおねしょを乾かすとき窓に付着したシミの見え方でしかなかったことを、まことちゃんは知らされる。彼の「初恋」は対象ごと霧消する――のだが、その少女の白みがかった髪の質感と、遠くから眼をはじめ顔の個々のパーツがぼんやり震えるように映る(にもかかわらず、その人が確かに愛おしい人であることだけはすでに確信できる)その描法に、『わたしは真悟』のまりんの原型を、疑いなく発見する。

 

 『わたしは真悟』に戻る。逢瀬を重ねるさとるとまりんは、モンローに言葉を教える。画像認識パターン(イメージ)と、言葉を紐づけさせ、語彙を与えていく。その蓄積を経て、二人がモンローに最初に求めたことは、「占い」的な遊びだった。蜘蛛の巣を見せ、天気予報を要求する。晴れという答えをたずさえ、小川公園に向かうとモンローの予報は外れ、二人は土砂降りに襲われる。そういう戯れのうちにさとるとまりんは愛をはぐくんだ。

 やがて、まりんは母にイギリスへの移住を告げられる。二人は別れを強いられる。イギリスに飛び立つ日の晩、さとるはモンローのキーボードを操作し、まりんとのクローズドな共有記憶領域を開く。すると、まりんがさとるに残した問い「サトルクン ケッコンシナイ?」が現れる。さとるは「Y」を打ち返すと、「コドモヲツクロウ」という言葉とともに、かつて土砂降りをこうむった小川公園に向かうよう促される。その先で出会うと、まりんは無数の針のような雨に打たれながら、「今度(大人たちに)つかまったら本当の最後よ」と言い、続けて叫ぶ。「もう子どものときの私たちに会えないわ!!」。

 子どもから大人では、変態を経ている。同一個体のようで実質はもう違う。まりんは、「このいまの私たち」の同一性の元で会えるのは、今日このときが最後であるというと切断線を引いて、涙を流す。

 

 あなたは、恐怖漫画の初期に、愛しい母にヘビが転移するような「変身の恐怖」を描いてきた。「変身の恐怖」の究極は、子どもから大人になることである。そう結ぶように、『わたしは真悟』は綴られる。

 

僕は、自分自身というものがあるという気があまりしない。(…)自分というのは入れ物みたいなものじゃないか。

*『恐怖への招待』(1982)

 

 「変身の恐怖」とは、第一には「私が私でなくなる」ことのおそれを指す。だが、あなたは自己解析的なエッセイ『恐怖への招待』で、「変身の恐怖」を説明するとき、上記引用のとおり、一口目に「入れ物」の問題を語り始めた。つまり、あなたは、「変身の恐怖」を先んじて、自己同一性とは「入れ物」のあり様でしかないという洞察を示した。人間は、本人が思う以上にたやすく、外形や欲望が入れ替わる。なおも同一なのは「入れ物」しか存在しないと。

 ある母が、いまや肌に鱗を帯びたヘビになり、愛しい娘を丸呑みにし食欲を満たしたいと思う。母は思う、こんな私はもう私ではない。にもかかわらず、現にこの意識は、娘を愛おしく抱きしめたいと思っていたころから連続して「私」である。そういった耐え難い分裂にさらされることが、あなたの言う「変身の恐怖」である。

 

 同じ相で、子どもから大人への「変身」を捉えるなら、こう説明できようか。

 かつて子どもは、自己と自然を画然として分けて捉えたりせず、目に映るものすべてと同一化する可能性に開かれようとする存在だった(その態度を遊戯と呼ぶ)。やがて年齢を重ね、経済原則の中に自らを位置づけ、定期収入を獲得しないといけないのだと悟ったとき、かつて持っていた多様な観念のうち、経済社会を生きるために必要なもの”だけ”に収縮させ、理性を構築していく。いわば、不要な感覚野を一つずつ、潰し、閉じていく。やがて、彼はもう子どものころの視座を、思い出すこともできなくなる。だから、大人になることとは、不可逆の事象である。不可逆である以上、それはなだらかなグラデーション、階段、坂の起伏等ではなく、複数回に分けて行われる瞬間移動、切り替わり、スイッチングである。

 にもかかわらず、彼は、子どものときから、名前と一定の記憶を継承している。すでに変態した後なのに、いまの「私」は、かつての子どものころから同一かつ連続した「私」であるかのように振る舞う。そこに立っている大人の「私」は、もう経済原則によって決められたコードで打ち返す「機械仕掛け」の存在なのに。

 

 さとるとまりんは、この「大人」への変身を拒む。ないし「歴史」への参入を拒む。子どもが性成熟し、生殖を行い、やがて親になる。すると排他的に、彼/彼女は「子ども」と呼ばれる椅子の位置を失う。抱きかかえる胸元には、生殖で得た生命すなわち、次の「子ども」がいるのだから。「子ども」はタスキのように継承される。肩書の真空状態を解消するように、いつのまにか「大人」が自らの背に宿る。ここに過去・現在・未来という「歴史」のサイクルが駆動する。

 だが、さとるとまりんは、「子ども」を作ることに対し、むしろ逆を試みる。性成熟を否認しながら(ないし性器結合の知識を持たないままに)、なお二人が愛し合ったことの証明物を残そうとする。いずれに大人につかまり、子どもの私たちは終焉を余儀なくされる。そうなってもなお、過去・現在・未来という歴史に位置づけられない特異点Singuralityを打ち立てようとすること。それが、まりんの求める「コドモヲツクロウ」だった。

 

 ここであなたは、新たな「変身」の様態ないし可能性を、外挿する。それが「意識」の誕生である。

 

 すでに述べたように、『わたしは真悟』とは、ある工業用ロボットが「意識」を持つプロセスだった。文字(字形)や画像(画素の組み合わせパターン)を保有し、あらかじめ求められたアルゴリズムにのっとり処理するだけの機械が、本来不可能なはずの「意識」を持つプロセスがあるなら、それはひいては、字形や画像といったイマジナルな電子情報が、意味の了解された「言葉」になっていく過程でもあるだろう。あなたは、きっとその哲学用語を知らないだろうが、『わたしは真悟』は、形式的には確かに、インテンショナリティ(志向性)について思考している。

 

 インテンショナリティとは、発話者が何かを意図しており、同時に受け手も「この発話は何かが意図されている」と認知することを指す。つまり、意味それ自体でなく、意味されていることの意図の認知である。このインテンショナリティが先立ち、赤子あるいは外国語習得者にとって、かつてただの音でしかなったものが、意味の了解された「言葉」になっていく。

 

 さとるとまりんは、今一度モンローに子どもの作り方を問う。モンローは「333ノ テッペンカラ トビウツレ」と返す。それは意味のない言葉だった。さとるとまりんがモンローに与えた言葉はもともと不完全なために、引数に対する返り値が何になるかは、処理を「流してみないと分からない」(私もIT関係の仕事をしているが、エンジニアから過去何度この言葉を聞いたことか)。アルゴリズムが答えを返す以上、そこには法則があるが、同時に、コンピュータに委ねられたアトランダムの両義性がある。これは「占い」的である。タロット占いにしろ六星占術にしろ、所定のアルゴリズムにもとづき、あいまいで示唆的な言葉を返し、それを受け取った側が解釈する。人は占いに対し「この言葉には大事な意味が隠されている」という確信――インテンショナリティを持って解釈に臨む。

 モンローが返す「333ノ テッペンカラ トビウツレ」も、かつて蜘蛛の巣を投影して天気予報をさせたときと同じように、「占い」的に返された適当な文字列に過ぎなかった。しかし、二人はそこに強烈なインテンショナリティを見出す。思えば、夜の小川公園で二人が再会する前、さとるは、まりんから渡った紙に描かれた数字コードの羅列を見て、解読テーブルを失いながら「きっと大事なことが書いてあるんだ!!」と叫んでいた。その格闘を延長するように、モンローが返す「333ノ テッペンカラ トビウツレ」はインテンショナリティを喚起した。

 インテンショナリティが、音に意味を持たせ、言葉(意味を持つ音)にする。意味それ自体が言葉を生むのではない。まだ意味を解さぬ文字の連なりに、これは私に向けて有意につづられた言葉であるという確信をもって臨むことが、逆転的に意味を生み出す。母の発する音声に相対する赤ん坊や、見知らぬ言語で道案内を受ける外国人たちが、日々、当たり前にそう言葉を運用しているように。

 さとるとまりんは「333」は東京タワーを示すと気づく。そう解釈する。そのメートル数分の高さ、ないし東京タワーの先端部に達したうえで「トビウツル」をしたとき、私たちは子どもを得ることができると、二人は信じる。山嶺に臨む登山家よりも険しい覚悟で、二人は、強風の吹くむき出しの骨組みの東京タワーを、まるで最高難度のジャングルジムのようによじ登る。頂上で知らされる。拡声器で叫ぶさとるの母いわく、東京タワーは地盤沈下で30cm低くなっていて、「333」の資格はもはや有していないと。何と意味のないやりとりだろう。しかし、さとるたちは一度解釈した言葉の意味は、厳密に文字どおり運用しようと努める。さとるとまりんは最後、東京タワーの先端部におよそ30cm相当のランドセルを置いて、踏んで、跳躍し、救助に現れたヘリコプターめがけて「トビウツル」を実行した。二人は、「333ノ テッペンカラ トビウツレ」から解釈された意味を、その後一切の変更を許さず、文字どおり遂行した。

 このとき、遠くして工場に光が指す。瞬時的な高圧電流に襲われ、回路に焦げ付き(聖痕)を負ったモンローが、両親が東京タワーから跳躍した瞬間をもって、意識を持つ。モンローが発したナンセンスな文字列「333ノ テッペンカラ トビウツレ」が、インテンショナリティにもとづき、真正な言葉として解釈され、運用された結果、奇跡が起きる。文字列から言葉になったことと同時に、モンローは、電子演算機器から意識をもった存在へと昇華した。

 

 『わたしは真悟』の、このインテンショナリティを巡る奇跡のくだりに、旧約聖書のヨナ書を想い起こす。ヨナ書もまた、「奇跡」が言語に真正性を与える一編である。

Jona wird vom Wal an Land gebracht, nach drei Tagen und Nächten spuckt der Wal Jona zurück aufs Land, Gemälde von Jan Brueghel der Ältere. Im Hintergrund tosende See und stürmische Landschaft.

(Jan Brueghel - Jonah Leaves the Whale's Belly)

 

 ユダヤ教預言者ヨナは、のちに旧約聖書を通じて、キリスト教を異民族に広めることの模範的存在とされている。だが当のヨナはそもそも、文化を異とし、かつ野蛮な異民族にユダヤの教えを理解させることに、懐疑的かつ消極的な人間だった。ユダヤの神は、ある日ヨナに予言を託す。ニネヴェの民は腐敗しており、そのため40日後に滅ぼす。それをニネヴェの民に伝え、改心の最後の契機を与えるようヨナに指令を下す。

 ヨナは拒否する。なぜそう求められるのか神意を理解しかねる。ほとんど生理的に嫌悪するニネヴェの民との接触を嫌がって、逃走する。ヨナが船に乗り込むと、神は嵐を起こす。ヨナは海中へ投げ出されると、巨大な魚に飲み込まれる。ヨナは魚の内部に三日三晩閉じ込められる。ヨナが魚から吐き出されたとき、彼が立った場所は、神に指示されていたニネヴェを擁する国、アッシリアだった。ヨナは悔い改め(ないし神のあまりに強力な介入に観念し)ニネヴェへ向かい、神託を民に伝える。ニネヴェの民は、ヨナの言葉を受け入れて悔い改め、断食を行う。すると神はニネヴェの民を赦し、都市・民族の滅亡を取りやめることにした。

 奇妙なのは、ニネヴェの民はほとんど反発を見せることなく、ヨナの言葉を受け入れたことだった。まず、ヨナは神託のメッセンジャーであり、ある種、彼の身体性そのものが一つの言葉だった。しかしヨナ自身が危惧したとおり、そのまま無垢に届けても、同じ神を共有しないニネヴェの民に信じられることのない、ほとんどナンセンスな言葉でしかなかった。だが、ある日海辺に流れた魚の口から、臓液で溶かされることもなくきれいな姿のまま現れるヨナに、アッシリアの人々は、これは神の介入を経た預言者であるという確信を持つ。そしてヨナが発する言葉に対し、「ここには大事な意味が込められている」という確信すなわちインテンショナリティを、先験的に見出した。ヨナが魚の中から現れたことは「奇跡」であり、だから彼の預言は、ランダムな音や文字列ではなく、ニネヴェの民に有意な言葉として認められた。

 

 言葉は、あらかじめ意味があるのではない。それが何らかの音でしかなかった段階のとき、「そこには意味がある」と受け手に了解されること、インテンショナリティが言葉の発生を可能にする。そして、インテンショナリティは、「奇跡」によって生み出される。その順序構造を、ヨナ書や『わたしは真悟』は、物語形式に説き起こしている。

 

 「333」(学習編)を終えた後の『わたしは真悟』は、はからずして、ヨナ書の展開に似ている。

 

 東京タワーの一件の後、さとるとまりんはやはり大人に引き剥がされ、まりんの渡英によって別れることになる。自分たちの見える範囲に「子ども」は発生していないことへの幻滅もあった。すなわち、二人はモンローの意識発生という奇跡に気づかないまま別れる。別れのあと、さとるはモンローのもとに行き、最後に、どこにも届ける予定のないメッセージ「マリン ボクハイマモ キミヲアイシテイマス」をインプットする。意識を持った後のモンローが初めて親から直接インプットされる言葉が、さとるがまりんに向けて書いた哀惜の言葉だった。

 ここで、インテンショナリティを持つ主体が逆転する。今度はモンローが、さとるから与えられた「マリン ボクハイマモ キミヲアイシテイマス」にインテンショナリティを見出すようになる。「訳がわからないままに、わたしはそれが…大事な言葉なのだと感じとったといいます」「その時からそれがわたしの精神のすべてになったといいます…」と。

 のちにモンローは、意識を持った自分は「人間」であると自認し、モンローという名前を捨てて、両親の名前(真鈴と悟)から一字ずつ取った名前を自らに与える。「わたしは真悟」と宣言する。それは、機械身体の物質的な名称ではなく、父と母から授けられた「意識」に与えられる新たな名前だった。

 

 以降は前述したように、真悟は「コワレル」ことの回避欲求すなわち、「エス」を得て、工場から逃走する。「エス」の獲得により、真悟の意識は、欲望や合目的性を持つようになる。

 真悟とは、さとるとまりんによって投じられた「言葉」の集積だった。それが意識を持ち、自走性(たとえばAIがプロンプトを与えられなくても思考し続けるようになるような)を獲得すると、その持ち合わせる言葉が相互参照を重ねて、自己増殖していく(たとえば国語辞典というものが、すべて同書内の言葉の相互使用で組織され、頁が重ねられているように)。言葉の存在理由とは、伝えることである。ないし、受け手に特定の反応(理解、あるいは何らかの利害行動)をさせることである。

 

 言葉の意識たるモンローは、父が残したメッセージ「マリン ボクハイマモ キミヲアイシテイマス」を、母のまりんに伝えることが、私の生まれてきた(意識が生じた)目的なのだと思うようになる。そして真悟は、旧約聖書のヨナと同じように、その言葉を自らの身体に宿らせ、まりんを求めさまよう伝令者になる。(余談だが、1997年に八谷和彦が愛玩キャラクターにメールの送受を行わせる「ポストペット」を発明したのは、さとるとまりんの間のメッセンジャーになった真悟に影響を受けてのことである。)*雑誌『プリンツ21 2001年冬号』

 

 真悟は、まりんを探す道程で、地球の周りを飛ぶ通信衛星につながり、全世界のコンピュータと、果てには人間の脳にアクセスする。元々は二人の児童の夏休みの戯れ(適当なボキャブラリーの登録)でしかなかった真悟は、やがて言葉の自己増殖によって「地球の意識」へと拡大生長していく。こうして『わたしは真悟』は、意識生成の過程から、やがて地球という集合物の単一性へと主題を移行させていく。その感想は、手前で「回路、穴、反復」という勝手につけたサブタイトルの文章の一かたまりですでに書いてきた。つまり、『わたしは真悟』は、作品単体である以上に、あなたの作家像そのものに深く結びつく作品だった。

 

 こんにち、インターネットや人工知能の問題をテーマに文物が書かれるとき、たいがいはSNSの暴走する衆愚をどうするか程度の市民倫理を背景に思考される。いっぽう、40年前の1982年時点から、あなたが「最小単位から最大へ」という順序にもとづき、言語・精神・情報科学をすべて一つの束のようにまとめて童画世界を繰り広げた「わたしは真悟」は、いまなおどこを取っても新しい。

 勢いづいて、「童画」という言葉を書いてしまったが、『わたしは真悟』はSF作品でありながらも、あなたのデビュー作『森の兄妹』や、そのころあなたが取り組んだ童画的テーマのリファインが、そこかしこに見いだせる。そういう、もっと語れること語りたいことはあるが、それはまた別の機会に譲りたいと思う(そんな予定はないが、思念していることは思念している限りにおいて、いつか話したり書いたりするときが来るだろう)。

 

 次は、『わたしは真悟』よりも一つ前の作品に戻り、『まことちゃん』の話をする。

 

(続く)

楳図かずお 回路、穴、反復(2)

 『わたしは真悟』のある一話を思い返す。

 主人公のまりんとさとるが、「333」(東京タワー)から飛び移る奇跡を経て、町工場の産業ロボット「モンロー」は意識を獲得する。意識を持って初めて聞こえてくる音声は、工場の人たちが私(モンロー)を「コワス」ことの話し合いだった。「コワス」に対し、それを避けたいという直観を憶えたモンローは、自らを固定するボルトを外し、工場から逃げようとする。そのとき、工場の飼い犬が襲いかかる。モンローはロボットアームで犬の頭蓋を挟み、粉砕する。子どもたちは、脳漿を噴いて絶命する飼い犬の名前を叫ぶ。「エス!!」「エスが・・・ウワーー!!!」。エスは頭蓋の破裂を経て、もう襲いかかってくることはなくなった。モンローは、「その時わたしは、こわれるという意味が、初めてわかったといいます」と独白を連ねる。

 強制的に想起させられる語彙を用いれば、エスとは、フロイトがいう人間精神の最下層を意味する。たとえば赤ん坊が不快さを憶えると、それを遠ざけたいと思い、泣いたり手足をばたつかせたりする。エスとは、そうした身体反応の駆動要因であり、本能であったり無意識の精神の”原資”を指す。モンローないし、のちに世界統合システムへと進化していく真悟が意識を持って初めて理解した概念は、「こわれる」ことだった。犬のエスに与えた「こわれる」ことを、自分もまた周囲の人間たちから与えられようとしている。その逃避(反射)から、真悟は工場をあとにする。真悟は以後、あらゆる意味連関の世界に参入にするにあたり、はじめに「こわれる」ことの意味とその回避欲求――恐怖を、すべての意味の原資(エス)にした。

 

 なんと、楳図かずおという作家の態度を端的に示す挿話だろうと思う。

 

 あなたは生涯を通じて「恐怖漫画」を描いてきた。怪奇漫画でも、ホラー漫画でも、サスペンス漫画でもない。「恐怖漫画」というその独自の呼び名は、実質あなたの作品群のみに冠せられる名として、こんにち漫画の世界で了解されている。つまり、文字どおりあなたは、恐怖を生涯のテーマにした。言い換えると、あなたは人間の意識や感情の最小単位を、漫画を通じて思考することを選んだ。

 

 それで、僕は感情とか知性の生まれるもとって恐怖のような気がしてならないんだよね。人類が一番最初に何を感じたかというと、みんな、狼に食われないようにしようとか、生き残ろうというところから始まるわけだから、それはやはり恐怖心でしかないと思うんだよ。はじめはどういう形であったか知らないけど、そこから逃れなければと必然的に思わせるような衝動というのは、恐怖という形でしょう。

*『恐怖への招待』(1982)

 

 最小から最大へ、というのは、あなたの後期作品群に通貫するテーマに違いない。

 『わたしは真悟』のロボット真悟は、上述のとおり、ある単純な「こわれる」ことの意味了解をもって、逃避=移動の動機を得る。以後、さとるが最後に打ち込んだ「マリン ボクハイマデモアナタヲアイシテイマス」をまりんに伝令することを自らの存在理由とし、母を探し求める。乗り込んだ船舶内で、初めて自分以外のコンピュータと会話したのをきっかけに、世界中とつながる通信衛星へ接続する。真悟は、すでに奇跡を通じて、無限のデータ保存容量と、他CPUの情報をハッキングしうる力(すなわち無限の拡張性)を備えていた。真悟は、全世界のコンピュータが持つ情報を複製記憶し、世界統合システムへと昇華する。それまでの真悟は、画素の最小単位を意味する四角形の瞳を持っていたが、コンピュータの上位存在になったことを指し示し、三角形の瞳へと変化する(真悟の情報処理が、縦横2軸を超越する)。

 

 そうして世界中の全コンピュータが持つ情報をもってしても、母のまりんを視認できない。思考をブーストする真悟は、さらに全人類の脳にアクセスする。電子信号だけでなく、有機細胞の情報も理解可能になった真悟は、瞳が三角から丸へと変化する。すなわち原子の形であり、真正の最小単位を得る。彼の瞳とかぶるように、次の頁で真球体の地球が映ると、真悟は、「わたしは地球」と宣言する。真悟は、地球の全情報を得たことをもって、地球の意識と同一化した。何と荒唐無稽な話だろう…と思い、そして感嘆する。最小を把握したものが最大を解析しうるという物理学や宇宙科学のような話が、あなたが作詞したアニメ『まことちゃん』主題歌の「さんかく、しかく、まる、ばってん」という歌詞を前身かつ下敷きにし、かくも自由な想像力で描かれる。

 

 このように考えた場合、地球とはある種、単一の主体であり、個人の意識である。あなたは、『わたしは真悟』について、こう語った。

 

 それで、『真悟』の場合、ひとりひとりの人間がひとりひとりではなくて、全部あわせて「ひとり」といった風の事を描こうとしていたんです。要するに、電波の発達とかを考えてもそうだけど、アフリカで起きたことでもすぐ日本でもわかるわけだし、逆にすぐアメリカやアフリカに送り返すこともできるわけです。つまり同時進行的に皆が同じものを見て、同じ考え方を持つようになるっていうのは、みんなそれぞれひとりなんだけど、全部でひとりだという風なことも言えると思うんです。人間の体そのものも、細胞ひとつひとつは別々だけど、全部あわせてひとりの人間が構成されているわだから、そういう風な単純な法則っていうのは、小さいものから大きいものまで一貫しているところがあるように思うんです。

*マンガ21世紀読本 楳図かずお『機械・情報・地球』(1986)

 

 たとえば人体において、目を掻くと無関係の足がむずがゆくなったり、あるいは内蔵の異変が歯の痛みによって表現されたりするように、身体においては、主体(意識)が自覚しえない感覚接続の経路が無数に潜在する。予期せぬ接続、すなわち「回路」があり、「穴」がある。歴史で言えば共時性synchronicity。ある瞬間に、つながれていない(と思われた)はずの複数の器官あるいは場所が、共振的な事象を起こすこと。

 

 あなたが、地球なり歴史なりを、一つの身体・意識の相でFigurative(身体的=比喩的)に捉え、こうした「回路」の問題を描くのは、『イアラ』以降一貫したことだった。その先鋭的な結実に、『わたしは真悟』がある。

 

 『わたしは真悟』の終盤、引っ越し先の新潟から東京へと家出した主人公のさとるが、同世代の不良に「100万円もらえる」とそそのかされ、(新潟にバックし)佐渡島へと渡る。佐渡島は、実はロシアと日本の国防前線の役目を負っている(という作品上の設定がある)。そうと知らずかき集められる、さとるをはじめとした「上陸者」たちと、それをロシアからの侵攻と思い込み、徹底抗戦する島民とで、殺し合いの一夜が予定されている。なぜ佐渡島で、そんなにナンセンスで何の利得もない日本人同士の”紛争”が起きるのか。それは、地球という一つの身体上「ツボ」でつながっている欧州のキプロス島で、いま民族間の紛争が起きているからである。

 なるほど、キプロス島は、1960年にイギリス植民地からの独立を経て、70年代トルコ系とギリシア系の民族間紛争が起こり、84年にはトルコ系人民が自ら占領した北キプロス一帯を「北キプロス・トルコ共和国」と名付け、独立宣言を掲げている。『わたしは真悟』連載当時、世界の注目を集めていたこのキプロス島の紛争を、あなたは地球を一つの身体と捉えるモチーフに採用した。そして「キプロス島で起きることは佐渡でも起きる」とし、佐渡島を、真悟とさとるの再会を阻害する悪夢の舞台にした。

 

 『わたしは真悟』の次作『神の左手悪魔の右手』、その第一章『錆びたハサミ』も、同じテーマが一層明瞭である。ある善良な男児がかつて猟奇犯によって体をバラバラにされる陰惨な事件があり、主人公の姉が当時の呪われた凶器(鋏)を拾ってしまったことをきっかけに、自己身体が、事件現場の物質を転送する「穴」になり、教室を埋め尽くすほどの汚泥や、7体の骸骨、三輪車、ブリキのロボットなどを眼孔、耳、口から吐き出すようになる。つまり、「お姉ちゃんが2つの時空間をつなぐ穴になってしまった」という「回路」の物語だった。

 

 思えば、こうした後期作品群のはるか以前から、あなたは、多くの恐怖漫画を通じて、「回路」の問題を研磨し続けてきた。

 

 戦後のSF小説やホラー映画、そしてあなたも、人間の恐怖をえがく者たちは、つねに恐怖は「どこから」現れるのかを問題化してきた。たとえば1930年代以前のホラー映画において、恐怖とは、地図にもない南洋で現れるキングコングやアマゾンの半魚人等、「文明の外から」訪れるものだった。やがて戦後を迎え、人類未踏の地(というホラーの資源)が枯渇し始め、冷戦を背景に持つようになると、恐怖=他者とは私たちのこの共同体の内部の亀裂から生まれ出てくるものだと捉えられるようになる。60年代ゾンビ映画の誕生は、アメリカ内におけるアフリカ系・ラテン系アメリカ人と生じた政治的・宗教的軋轢が、ブードゥーによる死者の反乱という比喩形式によって表現されたものだった。つまり、急激に進歩する近代社会は、何らかのフォークロアを抑圧する。そのフォークロアがある日復讐してくるというのが、戦後における恐怖の代表的モチーフだった。

 

 あなたの作品も、1961年(口が耳までさける時)以降貸本後期~上京初期のころは、抑圧された山岳のフォークロア(蛇、蜘蛛)から呪いを受けるというモチーフを主としていた(あなたはそれを「山の恐怖」と呼んだ)。同時期の1960年から3〜4年間、あなたは過労による不眠症に陥る。このことをきっかけに、あなたは、のちの作風に重要な影響を与える2つの出会いを得る。

 

 一つは、診察にあたった医師の梁瀬義亮から、農薬忌避の教えとともに、自然は現代社会に対して復讐の契機を待っているという(漂流教室や14歳につながる)文明批判の視座をインプットされたこと。

 もう一つは、創刊して間もないSFマガジンを耽読し、ロバート・A・ハインラインはじめ、冷戦期のSF作品から影響を受けたこと。*中野書店『楳図かずお初期作品集』(1982) 別冊

 

 これら2つは実質、上京に先立ち、SFのモダンなエッセンスを得たということだった。このころ貯めたアイデアのストックが、1963年の上京後の量産体制の元本になったとあなたは振り返っている。

*『恐怖への招待』(1982)

 

楳図かずおは他の作家・作品からできるだけ影響を受けないよう努めた人だという話は、あなた自身がよくメディアでそう語ったことからも広く認知されているが、ときに誤解に近いほど認知されすぎているきらいがある。上京前であれば、当時関西地方において林立する地元の映画館で三本、四本立ての映画をいやというほど観て、特にエドワード・ドミトリク『山』から多くを学んだというし、SFマガジンの耽読と並行でテレビ『トワイライトゾーン』も好んでよく観ていたという。あなたはそうした50年代ハリウッドとSF小説・ドラマの膨大な鑑賞体験から、故郷の山々ではぐくんだ民俗的感性にモダニティを混淆させていった。”ネタ集め”を目的とし他人の作品を見ることに自制をかけていくようになったのは、作劇のボキャブラリーを十分に獲得したのちの、キャリア中後期以降の話である)

 

 少女フレンドの他に、少年画報と講談社という二つの少年誌の媒体を持ったことも、作品の舞台を(学校、家庭といった少女漫画お決まりの範囲を超えて)、より広範な都市部へと移行させることを可能にした。

 

 以上により、26歳での上京後、あなたの漫画の舞台は、都市部へと場所を変えていく。山から遠く離れても、文明は自己批判をまぬがれない。むしろ都市は、人間の無意識構造を反復している。都市でこそモダンな恐怖をえがくことができる。ここからのあなたの想像力の開花ぶりは、該当する時期の作品群を読み返すたび感嘆させられる。『猫面』ではっきりとしたグロテスク恐怖に舵を切れるようになり、『ガモラ』で時間や愛をテーマにしたSFを描けるようになる。『ロマンスの薬あげます!!』でロマンティックコメディの才能を開花する。

 

 あなたはエッセイ『恐怖への招待』の中で、初期のヘビものを「変身の恐怖」と呼び、上京後の『半魚人』や『猫面』といったグロテスク恐怖を、「改造の恐怖」と呼び、そしてそれらを統合して「生理の恐怖」と名付けた。外形に変質・破損を起こされる恐怖である。

 やがてあなたは、60年代末ごろ(より自由度高く作品を描かせてくれる)小学館に仕事を統合し、ビッグコミックに『イアラ』短編シリーズを、少年サンデーに『おろち』を連載し始めた時期をもって、「心理の恐怖」へと移行する。これ以降1995年の断筆まで絶えることなく、あなたは、”何らかの代表作”を”つねに”描き続ける黄金時代へ突入する。

 

 あなたが取り組んだ「心理の恐怖」とは、当然(後年発生する)サイコホラーやスリラーとはまったく異質としている。恐怖は「訪れる」。にもかかわらず、「自己の内部から」訪れる。画然と安定していると思っていた精神(あるいは歴史、時間、空間)に予期せぬ亀裂が走り、その内部から訪れる恐怖に自己を崩壊させられる。「穴」があるということ。

 

 そういえば、あなたは映画『インデペンデンス・デイ』(1996)の公開当時、憤っていた。いわく、その映画は『14歳』の宇宙人襲来シーンと酷似していて、アメリカ大統領が主人公であることまで同じだと。まさか私を真似したのではないか、と。

*雑誌『彷書月刊』1997年4月号

 ただ、『14歳』と『インデペンデンス・デイ』では、問題意識はまるで逆だろうと思う。それは「穴」の扱い方においてである。『インデペンデンス・デイ』では、国境の比喩たる「穴」が空くと宇宙人というエネミーが攻め込んでくる。すると、アメリカ国民が蹂躙され殺される。だから「穴」を塞がないといけない。アメリカの内部と外部を弁別しないとならない。アメリカにとって闘いとは、つねに「穴」を塞ぐことである。近年『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)に至るまで、共和党的なアメリカ映画は基本的にこの発想である(そして誰もが知るとおり、アメリカ人たちがこうした「穴」に抱くおそれは、国境外の他者への罪責の念に由来するオブセッションでしかないという批判がマイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』である)

 

 いっぽう『14歳』の宇宙人襲来シーンの、滑稽さと陰惨さ、そのアンビヴァレンツは『インデペンデンス・デイ』の比ではない。人類はチキン・ジョージによるDNA解析から、「次の14歳で終わる」という滅亡を結論づけられている。ならばDNAの変質によって延命をはかれないかと考え、まだ見ぬ救い主よ。私たちにあなたの”種”を与えたもうとSOS信号を宇宙に発する。いわば、宇宙に向かって子種を求めて「Fuck Me」を発信する。すると地球人同様に滅亡を近く控え、その阻止をはかれる種を探し求めている宇宙人たちが、地球よりも巨大な船団から降り立ってくる。彼らに対等な「交雑」の意思はない。地球上の男女を問わず、老人から幼児まですべて等しく性器に管を当て、生命エネルギーを吸い出し、レイプと捕食を同時に行う。つまり、『14歳』における「穴」は、地球人たちが自己崩壊のすえに自ら開いたものだった。当人たちは人類存続を賭けたSOS信号のつもりで、実質は”タダマン”開陳でしかなった。あなたに安心感を与えるために述べたい。『インデペンデンス・デイ』は『14歳』のパクリではない。『インデペンデンス・デイ』を撮るような者たちが、参考材料に感受しようがないほど、『14歳』の強度は圧倒している。

 

 少し話を戻す。

 

 あなたは、恐怖を生涯のテーマにした作家だった。恐怖ないし、「こわれる」ことを回避しようとする自己保存欲求とは、諸感覚の始原に位置し、意識の最小単位を務めうる感覚だった。その最小単位から敷衍し、最大たる「世界」の描出を試みようとするのが、あなたの基本的な態度である。

 

 このように、人間身体を世界の縮小物(そして反復物)と見る態度は、古代ローマの建築家ウィトルウィウスを想起する。ウィトルウィウスは、人間身体を、たとえば血管が交通路で、手足が外部資源を得る生産機械で、胃がその資源を身体の駆動力に還元(物々交換)していく経済機関で、腸が下水道であり…という具合に、世界の構造を反復した「モジュール」の集積と見た。

 

 ダ・ヴィンチはじめルッネサンス期の画家たち・科学者たちが人間身体に注目し、その精密な構造を絵画や彫刻で模倣しようとしたとき、つねに念頭に置かれていたのは、こうしたウィトルウィウスの考えだった。つまり、人間身体や感覚は、世界の縮図であり、そこには神が引いた設計図(デゼーニョ=デッサン=デザイン)が組み込まれている。すべての思惟する人間は、世界把握の術を得ようとしている。しかし当の人間自身(一人ひとり支給された)その人体に、すでに世界把握の答えがあらかじめ組み込まれている。よって、解剖学や医学を駆使し、神経や臓腑の「機能」を把握したうえで人体を精密に描くことが、美術における神学的・科学的なテーマになりえた。

 

 ウィトルウィウス『建築書』をかつて私が初めて読んだとき、人間(感覚)から世界(自然)へという形式反復の段取りを見て、ああ、これは楳図かずおじゃないかと思った。

 

 あなたは60年代の恐怖漫画(短編)および『イアラ』や『おろち』で、人間個体の諸感覚を無数に書き連ねてきた。

 70年代に入ると、十五少年漂流記を材料に、まったくそのテーマをより研磨して継承した『漂流教室』を描き、社会(その原始的な形成過程)を描出した。

 続く『洗礼』で母子からなる家庭(ドムス=社会の最小限パーツ)を描く。

 かくして社会レイヤーの準備を終えたのち、あなたは『わたしは真悟』で世界(意識、意味)の形成プロセスを捕捉することに取り掛かる。

 最後に『14歳』で(漂流教室の拡張版の体で)宇宙へ、さらにその途切れた先へと、子どもたちが飛び出していく。

 

 ・・・

 という具合に、あなたは(小学館に作家活動の場を決め、安定的に自己の持つテーマに取り組めるようになって以降)徐々に、確実に、画題とするモジュールの単位を、個体から全体へと拡張していった。

 あなたが『14歳』の完結をもって漫画家としてのキャリアを終えたのは、よく語られるように、腱鞘炎の悪化や、あなたの接遇を軽んじつつある小学館編集者との軋轢もあるだろうが、それらにすべて帰すことはできないと私は考えている。

 あなたは、『14歳』をもって、「最小から最大へ」というモジュール反復の全工程を描き終えた。さらに言えば、同作の終わりで、宇宙が一個体に回帰するという円環的反復に結んでいる。あなたが作家活動において持っていた「要件」が完遂したこと。それもきっとあなたのキャリアが閉じられることの理由付けになっているのだろうと想像する。

 

 あなたは感覚主義者である。ミクロな個体の精神事象を描く感覚主義者であり、その形態反復を繰り返す者だったからこそ、同時に、世界把握の方法を漫画に描くことが許された。

 

~~~

 以降は、あなたの作品の感想を書きたいと思う。結局は、何よりも作品が好きだから。すでに、ここまでに何度も触れてきているが、それでも語るに尽きせないこれら3つの作品を。

(続く)

楳図かずお あなたを忘れない(1)

 

 ある小学生の男子が2階の部屋で勉強をしていると、足元におかしな感触を得る。覗くと、床から無数の石が湧いて出てくる。唖然として眺めるうち、やがて火柱が上がり、石と火が全面を敷き詰めると、たちまち彼の子ども部屋は、無数の鬼たちが罪人に拷問を行う阿鼻叫喚の地獄へ切り替わっていった。男子が走って逃げ出すと、崖に手をかけて、今際の際に瀕する母の姿を見つける。母は地獄に下り、さらに奈落へ落ちようとしている(お母さん何したんだよ)。彼は、母の手を握る。この手を離したらお母さんは死んでしまう、と歯を食いしばるうちに、やがて地獄の空間は消え、元の勉強部屋に戻っていた。彼の掌はいまや無を握り締めている。この手を決して開いてはならない、母を死なさないために、という小児の強迫観念だけがそこに残された。

 

 以上は、このブログタイトルの元ネタになった楳図かずお猫目小僧』のうちの一話――それもテレビアニメ化を背景に、『漂流教室』や『洗礼』といった中後期作品を経て76年に短期間だけ連載再開したうちの一話『手』のあらすじ、その冒頭部である。たとえば、ある政変を経て首都機能が昨日まで草木茂る平野に遷都されてくるのと同じように、ある日突然「ぼくの部屋に地獄が移転してくる」ことの強烈さ。子どもにとって貧血を呼び起こすような悪夢の質感に満ちた、楳図かずお作品の中でも特に好きな一編だった。

 かつて、ここのブログタイトルを『スネ夫は奇形児』から(そのファンシーさに嫌気がさし)変更することにしたとき、楳図かずお作品の一部を引用しようとしたのは、当然、自らの言語機能は楳図かずおによって胚胎されたものだからだ、という事情と確信によるためだった。

 

 楳図かずおは、さる2024年10月末、胃がんでこの世を去った。

 

 私は、あなたに思考することを教えられた。私はかつて、まことちゃんだった。糞尿を漏らし、その名前を好んで口にする。ルールと逆のことをして、周りの反応を楽しんだ。まことちゃんには自我(ダイアローグを行う内面)がない。あなたは、まことちゃんに眉毛を意図的に描かなかった。それは表情=自我がないことの表象だからだと言った。まことちゃんは、自己に生じた損害に関心がない。だから、塗ればそこが「よくなる」というガマの油を頭に塗り、翌朝頭皮がただれて終了しても「ガーン」の一コマに収斂して済む。

 自分の汚損を、そのとおり理解しつつも、しかし無限にある自然のうちの一事象としか捉えない軽薄さ。自己の損害に対する無関心。これこそ幼いころの私だ、と『まことちゃん』を初めて読んだとき深い共振を感じた。

 

 思春期になりセックスの観念を得たとき、すべてが変わっていった。あなたが数多く残した作品の中で、もっとも直接的に性欲の皮相をえがいたのは、『わたしは真悟』のイギリス人ロビンに違いない。ロビンは、出会ったばかりの女児のまりんに性欲をぶつける。女児が大人になる条件は、大人から性欲を向けられることである。つまり、大人が私の身体を、性の「貨幣」として扱い始める。私は突如、大人と対等になりうるカードを所有する――そこから大人という記号性が流入してくる。まりんは、ロビンのキスを拒絶し、背に張るガラスを割り、無音の絶対零度の時間に自らを凍結した。まりんは大人の流入をこばんだ。

 私もかつて射精希求的な性欲を得て、そこから逆照射される自己の社会的価値の乏しさの理解が流入してきたとき、その複合に耐えきれず鬱にさいなまれるようになった少年の時分、たまたまあなたの作品を手に取り、読み、そうした問題について、鮮やかに笑いと恐怖をもって返すあなたの作品に、慰みつつ突き放されるような、快い質感を得た。『恐怖への招待』所収の短編『Rojin』や、『漂流教室』『アゲイン』『洗礼』『わたしは真悟』『楳図かずおの怖い本』の諸作…等々、少ないこづかいで手に入れたあなたの作品は、私の自我に対する補修材として染み入っていった。それまで、欲求の反射のみで生きていた意志薄弱な多動児が、あなたがいる世界だから、思考をしようと思った。あなたの作品が私の行動、意思決定の指針になっていった。楳図かずおとは、私にとって「方法」の名前の一つだった。

 

■子ども

 あなたは、特にキャリア後期、「子ども」を問題化した。そのことに私は、どれだけ多くの影響を受けただろう。

 

 『漂流教室』やその対を成す『14歳』は、地球が滅びゆくとき、先に絶えた大人たちに代わって子どもが新しい世界秩序の種になる物語だったし、『わたしは真悟』は、子どもから大人になることは、「成長」という呼び名で隠蔽される一種の変身・変態であり、そこで強いられる自己同一性の破損をいかに回避し、特異点Singularityを確保するかを形而上的に格闘し続ける、20世紀最高峰の文物だった。

 

 あなたは、子どもとは、好奇心にもとづき、すべての事柄に無分別に興味を持ち、すべての可能性に開かれている存在であると言った。いっぽう大人とは、そのうち生存のために必要な事柄だけに自らの資本を集中投入し、それ以外の事柄への思惟を放棄した、一種、子どもに対する縮減物であると。

*雑誌『プリンツ21 2001年冬号』

 

 子どもは、無分別である。まことちゃんは眉毛を持たず、つねに全開された瞳孔で、瞳の上限も下限もまぶたにかかることなく、世界を見ている。それは、見るべき対象(図)と、雑音とすべき対象(地)の区別を設けず、目に映る色彩や形すべてを等価的に捉える者のまなざしである。あなたは子どもの定義をこう語った。

 

定義:「それってなぁに?」と、誰にでも何でも質問を投げかけることが自然にできる人間。

*同雑誌

 

 大人たちが社会経済を潤滑に回すため、一定を超える原理的な問いは「無為」であると切り離すその分別を、子どもはまだ知らない。大人が述べる、ところどころ穴が空いた不明瞭な論理を前に、子どもは「なんで?」と投げかける。大人から返答がされても、いまだ穴が修復されないと感じる限り、同じ問いを繰り返す。だから、科学は(断固として)子どもの側に属する。ニュートンアインシュタインの物理、あるいはバッハの音楽のように、世界認識の方法、その基層を形作る者たちは、極めて緻密に理論的で、同時に極めてチャイルディッシュで、神経症的な無邪気さに溢れている。大人が成す社会は、科学に頭を垂れて「福利」の術を得るが、当の科学は逆転するように、「なんで?」を問う子ども(であり続ける者たち)のほうに可能性を託している。

 

 『まことちゃん』9巻に、あなたが子どもに寄せるそうした観念を、沢田まことに託す一話がある。全国区のロックスター「らん丸」は、セクシーな肢体を、実はすべて化粧やウィッグや矯正器具の数々でまかなう虚構の存在である。彼はあるTVショーで、”付けペニス”を失い、衣装のほころびから本物の短小ペニスを晒しながら歌唱する。しかし、あまりのペニスの小ささに視聴者たちは気づかない(こんなに小さいペニスがあるはずがない。なぜならペニスの機能を果たせるサイズではないからだ。よって、これはペニスではない――と雑音処理される)。しかし、まことちゃんは翌日らん丸の真似遊びをしながらペニスを出す。ペニスの「本来あるべきサイズ」という固定観念を持たないため、まことちゃんは放送コードをかいくぐったらん丸の短小ペニスを見つけ、模倣している。「ヒエー!子どもは真実をみているのら〜〜〜〜〜!!」というナレーションでその回を締めくくる。子どものほうが真理(観照)の側に属すること、ひいては『まことちゃん』のテーマの一つはそこにあることの表明に見える。

 戦後の漫画史を、田河水泡から手塚治虫の流れのうちに見出すなら、その特長は、漫画における「子ども」を、(近藤日出造横山隆一ら新漫画派集団が考えたような)情操教育の対象として捉えるのではなく、子どもに「欲望」のオーナーたる地位を与えたことにある。つまり、漫画は、子どもが求めるものを描く従僕である。「子ども」は、漫画に対し、つねに難題を要求する上位的かつ外在的な存在にあたると考える(たとえば、トキワ荘で知られる新漫画党の機関誌上座談会でも、寺田ヒロオが、漫画はこんにち忘れられつつある「親に孝、君に忠」の精神を子どもたちに納得させ、浸透させることにこのジャンルの”良心”があると訴えるのに対し、石森・藤子は、漫画は漫画に期待される欲望demandsに応じることに専心し、倫理的統制は子ども自身の自己批判に委ねればよいと返したのは、この党の内部に走る亀裂の断面として興味深い)。

*『トキワ荘青春物語』(1987)

 

 あなたも、戦後の関西にいて手塚治虫の赤本漫画に衝撃を受け、漫画家のキャリアを出発させた一人である中(つまり年齢的にはトキワ荘世代に属しながら)、あなたがユニークだったのは、手塚治虫トキワ荘の圏内にいると透明化しかねない「子どもとは何か」というジャンルの自己規定を(ときに手塚治虫への反発心を持ちながら)問い続けた態度にある。

 

■大人

 あなたが、子ども向けに漫画を描くだけでなく、子どもそれ自体を問題化したことは、あなたが大人になることに対し、拒絶的な観念を持つ人間だったことも当然に関係しているだろう。

 

 僕にも大人になりたくないという気持ちがあった。大人になりたくないから、ピーターパン症候群みたいなところが僕にもあったと思う。

*『恐怖への招待』(1982)

小学生が大人を見る目ってね、今振り返ると人間扱いしてないよね。機械仕掛けで動いているようなモノっていうか、感情移入して見てないでしょう。同じ小学生に対しては、細かいところまで感情のやりとりで考えるんだけど、大人は論外。中学から上はひとまとめに考えてた記憶がありますねえ。

*『ウメカニズム』(1995)

 

 あなたは大人というものを、一貫して彼岸に見ていた。

 80年代にピーターパンシンドロームという言葉が生まれるよりもずっと前から、あなたはディズニー作品『ピーターパン』をこよなく愛し、その名前をさまざまな媒体で自分に適用した。まだ上京前の若かりしころ、貸本雑誌の欄外コーナーで「永遠の少年ピーター」を名乗っていたというし、いま私の手元にある少年マガジン増刊『大恐怖まんが傑作集』(1968)の2冊を開くと、所収作品『首なし人間』『死者の行進』の名義を「うめずプロ・ピーター伴」にしている(あなたはプロダクションを組織したことなどないのに)。

 

 いっぽうで、あなたは年齢的には、まっとうな大人だった。漫画産業の高度なオーダーに対し、締め切りを破ることなく(肝臓障害で猫目小僧を一時休載した一度きりを除き)完璧に応じ続けることができる程度に、あなたは大人だった。あなたは、大人になることの拒絶と並行するように、老いや醜形化をおそれる者の回帰的な醜悪さを、一種の自戒のように、あらゆる作品で執拗に描き続けてきた。『偶然を呼ぶ手紙』、『おそれ』、『おろち』(1話『姉妹』)、『洗礼』の母、『14歳』のローズ(最高位)等々、あなたの作品に登場する醜形恐怖者は枚挙に暇がないし、ギャグ作品においても、上述した『まことちゃん』のロックスターらん丸は、滑稽なそれとして描かれている。

 

 作品の枠から出たとき、あなたの特筆すべき仕事に、雑誌『プリンツ21(2010春)』における『楳図かずお×マイケル・ジャクソンの天国対談』を挙げられるだろう。前年マイケル・ジャクソンは死去している。マイケルの霊を呼び寄せた体で、あなたが想像上のやりとりを対談に書き起こしている。あなたはマイケルに「ちなみに僕は大人になりたくないタイプでした(笑)。多分マイケルもそうだったんだと思うんです」と、ピーターパンシンドロームを共有する同士であることを確かめる。そしてマイケルが美容整形を繰り返し、かえって異質な容姿に変化していったことを、まことちゃんが大人に話しかけるときのような率直な無礼さで語り始める。マイケルにとって、大人になることのおそれが、やがて醜形恐怖に転じたことは悪手であると(なかば同士の立場から)指摘する。マイケルは「ぼくはどうすればよかったの?」と問う。あなたは「お友達は”孤独”、そう思ってしまえばよかったんです」と説き伏せる。あまりに突出した才能や資質を持った者は、同じ問題意識を共有する「友だち」を得られず、孤独に陥る。しかし、自己が自己を肯定することができれば、逆説的に「孤独」それ自体を「友だち」にすることが成立する。そうした複雑な観念操作を、あなたはマイケル・ジャクソンに要求した。「子ども⇔大人」の問題は、容易に、形相的な醜形恐怖に堕するだろう。それを回避する術を、2010年当時すでに老年期を迎えたあなたは、空想のマイケル・ジャクソンを対話相手に用いて、言葉に残そうとした。

 

 なるほど。『14歳』に登場するローズ(世界経済を統べるグランドマスター)は、自らの老化を防ぐため数十人の赤子を殺して摘出したエキスを惜しまず注射する毎日を送りながら、究極的な願望「不老不死」の実現を、全世界の全国家予算を収奪して投じ、チキン・ジョージにオーダーする。それを見たアメリカ合衆国大統領は「不老不死はもしかしたら かつての原子力と同じ危険がある!!」と恐れおののいたように、あなたは、醜形恐怖を、逆説的な崩壊の早期実現ルートと見た。

 

 思えば、あなたは漫画家デビューを急いでいた少年時代の焦りを、あらゆるメディアで語っている。1950年代当時、関西の貸本業界では、中学生以下の漫画家デビューがしばしばあった(その時代、労働人口としての成熟年齢はいまよりずっと早かったことも関係しているだろう)。そうした事情以上に、あなたは、自分は子どものうちに感性の結果物を作らないといけないという強迫観念を持っていたことを、こう語っている。

 

 小学5~6年のころは、せっせと手塚治虫さんの真似のような漫画を描いていたんですよ。でも、中学に入ったら、手塚さんはやめよう、と。自分のやり方でやらないと独自性は出ないと思ったんです。中学生になったらデビューしようと思ってたから、本気で。なんか、若くして世に出なきゃっていう、強迫観念みたいなものがあったのかなあ。ぼくって、自分の中で、”子供のとき”っていうのに比重がすごく大きくて。子供のときの喜びって、たぶん大人になったときの喜びよりは大きいだろうなってことを直感的に分かってたような気がするんですよ。何となく。だから、なるたけ早く、何でも子供のうちに一人前になりたかったっていうのがあるんですよね」

* 『ウメカニズム』(1995)

 

 かつてこのインタビューを読んだとき、容易に、『わたしは真悟』の決定的なセリフ「もう子供のときのわたし達に会えないわ」を想起した。わたし達(まりんとさとる)がやがて大人になり、人間存在としての同一性を断絶させられる。その前に、わたし達の愛の証明として、(性器結合を経ず)子どもを作らないといけないという強迫観念をまりんが持ったように、あなたもかつて、「子どものときの喜び」を持つうちに漫画家にならないといけない、そういう焦りを持った。あなたは、また別の媒体で、手塚治虫作品からは「中学2年で卒業」したと語っている*。その年齢が、まさにあなたが終生こだわる「14歳」だった。

*雑誌『プリンツ21(2010春)』

 

 中学時点でのデビューは残念ながら叶わず、あなたは、高校2年生のときに水谷武子と共同で描いた『森の兄妹』でデビューする。むろん、いま私たちがそれを読み返せば、漫画史が再現性を持ち得ない早熟さをそこに見い出すが、それでもあなたは「遅れてしまった」ことの悔恨の念を、生涯さまざまなメディアで語り続けてきた。

 たとえばゴダールは、映画史とはつねにそれを触知できず「遅れてしまった」ことに悔やむ者たちが綴る回帰性があることを、終生テーマに掲げていた。わたしも、あなたの作品を読み始めた12,13歳のとき、ちょうど『14歳』の連載(ないし、あなたの作家活動)が終わりを迎えたため、不可逆的な「遅れてしまった」ことに深く傷ついたのをよく憶えている。ないし、そこから私の感性は出発した。そうした、何かの歴史に触知する者は誰しも「遅れてしまった」ことの傷つきから出発するというモダニティを、私は映画や文学よりも、あなたから先に教えられた。

 

■ギャグ、その身体拡張

 作家活動が90年代半ばに閉じられて久しいいま、楳図かずおというあなたの名前を聞いた人の多くは、作品以上に、テレビあるいは吉祥寺の街中で見かける、赤白のカラフルな出で立ちに、底抜けに朗らかなあなたの身体性を想起するだろう。

 

 かつて、あなたは『まことちゃん』を連載し、ギャグ表現と本格的に向き合い始めたとき、ギャグ漫画を描くよりも自分自身をギャグ漫画にしたほうが早い、という直観を得て、連載しているまことちゃんの作品(ギャグ性)を自己身体に拡張させたという。

 

 ギャグをやっているうちに、ギャグというものは描くだけじゃなくて、自分でやった方が早いんじゃないかなと思ったりして。ダリという人が「私自身がシュールレアリスムだ」と言っているのを聞いたことがありますが、確かに描いているもどかしさというのがあるから、自分でやった方が手っ取り早い部分はありますよね。要するに、自分がシュールレアリスムの事をやってて、それが一つの絵になっていれば、それはそれでいいという事なんでしょう。ダリの場合は住んでいる家もそうですし。ぼくの家は違いますけどね(笑)。ぼくがファッションを派手にするのは、そういう意味も多分にあるし、自分自身が洋服の形の面白さにひかれているという事もあります。舞台等いわゆる嘘の世界で普通の格好はしたくないですね。

*中野書店『楳図かずお初期作品集』(1982) 別冊

 

 1982年のこのインタビューでは、「ダリの場合は住んでいる家もそうですし。ぼくの家は違いますけどね」と語っているが、その2年後1984年、あなたは長野県に赤白ボーダーの別荘(MAKOTO CHAN'S HOUSE)を建てている。その別荘は窓だらけで、どこにいても外から覗かれるプライベート性に欠ける作りにしたと、あなたは嬉しそうに語る。

*『恐怖への招待』(1982)

 

 つまり、あなたにとって、あのカラフルな服装や住居は、自らを鑑賞物と捉えることを前提とした、ギャグ作品の拡張だった。いわく、作家はつねに「描いているもどかしさ」を持っている。ギャグあるいはシュルレアリスムという観念に対し、原稿用紙あるいはキャンバスに定着されたイメージは、必ず差分をはらむ。そのズレ(もどかしさ)を埋めるため、画業を営む作家は、手取り足取り高い随意性で動かすことのできる自己身体に、ギャグあるいはシュルレアリスムという観念を充溢させ、世間に立ち振舞い、作品の強度を補完しようとする。あなたがトーキングハイないわゆる”楳図かずお”像を、『まことちゃん』連載と並行で獲得していったのは、論理的な必然性を持っていた。

 

 1971年、『アゲイン』を連載しているころ、初めてテレビに出演したあなたは、カメラに映し出された自らのよれよれの疲れきった風貌にショックを受け、そのとき感じた「生活感」を、以後排除しようと努めるようになったという。かつ、あなたは長野県と吉祥寺に建てた2つのMAKOTO CHAN’S HOUSEについて、コンセプトを問われるたび「生活感がない」よう、それを排除するよう作ったことをしばしば語っている。たしかに吉祥寺のそこには、コンセントを差し込むためのプラグがどこにも見当たらないという訪れた人からの挿話がある。吉祥寺のMAKOTO CHAN’S HOUSEについて、あの痛ましい景観訴訟にくたびれたために、そこにほとんど足を運ばず住まなくなったという近隣住民の噂がまことしやかにインターネットで流れているが、あなたの独特な論理をよく知る一人としては、いや、きっともともと住むことを意図していないからだろう(非・生活感を趣旨としたギャグ拡張のオブジェクトなのだから。居住機能は高尾のほうの住居に確保しているのだから)と思ったものだった。

 

 メディアや街を往くあなたは、底抜けにほがらかだった。そこには同時に、底抜けの孤独もあったと思う。同世代のトキワ荘系列の作家たちと交流する話は、たまたま鉢合わせたから話した程度のエピソード以外聞くことはないし、吉祥寺ですぐ隣近所に住んでいるという水島新司大島弓子と交流していたような話も、ついぞ耳にしたことがない。(はっきりとコネクションを持つ漫画家といえば、貸本時代に版元を務めた佐藤まさあきがいるが、佐藤は当時囲った漫画家たちをキャリアダウンさせ、アシスタントの供給ラインにしていたことをあなたが後年批判したように*、これも特定時期のビジネス関係に留まるだろう)*まんだらけ⑯(1997)

 

 万人に対して開かれるあなたの底抜けの明るさは、同時に、誰に笑顔を差し向け、誰に無表情を返すべきかという弁別を持たなかったこと――すなわち「コミュニティ」を積極的に持とうとしなかった態度を、そこに見い出す。上述した『楳図かずお×マイケル・ジャクソンの天国対談』で、あなたがマイケルに「孤独を友だちにする」ことを説いた。その実践の結果を、私はあなたの朗らかさに見出す。そして尊敬する。自分もそうありたいと心から思う。

 

(続く)